2007年5月 1日 (火)

風邪ひいているのに(+沖縄の店員について)

遊んできたツケか、きっちり風邪ひいております。チキショウメ。おまけにカレンダーどおり営業の職場では冷房直撃ですよ。どうしたらいいんだ…。

さて沖縄では、3月からかの地へ赴任している友達に会ったのだけれども、体調を崩しているようで、痛ましかった。食べ物にあたってしまっているみたいで、しかも、本土とは気候がかなり異なる土地でのこと、知らない人ばかりで辛いということもあるのだろう。遅くまで付き合わせてしまい、本当に申し訳なかった。それでも彼女が時折ほの明るい表情をみせてくれたので、なにか少しでも気晴らしになれたのならよかったと思う。

会食のとき利用したのは上の里にある「ぱいかじ」という店。チェーン店なのだが、いろんな料理が安くて美味い。(ちなみに東京にも同じチェーンがあるが、あまりの値段と品数の差に愕然とした記憶がある。当然食べるなら沖縄で。)特に「やんばる牛のあぶり寿司」(780円)はとろけるような炙った牛肉が絶品。ぼろぼろじゅーしいを石鍋で出してくれたり、紅芋あんを巻いたぽーぽーがあったりと個人的にはいい店なのだが、この日は、とにかく料理が出てこないのにマイッタ。1時間過ぎてもでてこないので、いくつかの料理をキャンセルする羽目になった。沖縄の店員は愛想が悪いので有名だったりするが、愛想がよくても注文がはいってないのならどうしようもない。愛想が悪いが注文をちゃんと通す店員と、愛想はいいが注文が入ってない店員、どっちかを選べというのはなかなかにキビシイものがある。観光で食っていきたいって思う割には、抜けているところが多い沖縄。下手すると店員に「なんくるないさ」って言われたりして。

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2007年4月30日 (月)

そして羽田ではカレー

到着ロビーにあるのは反則です。

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最後は空港食堂

沖縄にきたツウ(または空ヲタ)は必ず訪れる。ソーキそば550円、フーチャンプル定食500円。安ウマの象徴です。

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バイバイ沖縄

おもしろ画像とともに。また7月に。

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2007年4月29日 (日)

国際通りでデモに遭遇

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おきなわのうみ

ちょと晴れた。ハニーコミヤマはビキニ女子に釘付けです。

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斎場御獄

ここには神がいる。神々は空間性を保持し自在に動いている。

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2007年4月28日 (土)

そしてサムズアンカーインでステーキ

夜中食べるステーキは背徳感がたまりません!美味い!

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展望デッキ

風強すぎ

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そして羽田ではカレー

今回はスープストックです。ハニーコミヤマはサンラータン。羽田空港ではカレー。これ最強。

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2006年7月10日 (月)

噂のゴーヤー豚まん

味は…あんまり苦くもなく。ふつーの豚まんでした。ツマランノウ。

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最後は空港食堂で

私はふーちゃんぷるーミッチェルはなぜかチャーハン。沖縄人のくせに。

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台風一過で

グッドバイブレーションですな。イヤになるねぇ。

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2006年7月 9日 (日)

ぱいかじ続き

ミッチェルはぽーぽーをこれまた熱狂的に愛していて紅芋との合わせ技一本に汁を噴出させている始末。
画像は店内の様子とミッチェル愛のぽーぽー紅芋あん。
リーズナブルな値段と味、時々三線の弾き語りが各階を回り最後の夜にふさわしい雰囲気。

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ぱいかじ

たぶん世の中で好きな食べ物を三つあげろと言われたら米とステーキとふーちゃんぷるーというくらい(次点ジーマーミー豆腐)この料理を愛している。自分でも作るけれど沖縄で食べるのはまた格別。島だこのペペロンチーノ、ジーマーミー豆腐の変わり揚げ。

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沖縄はTシャツが熱い

具志堅用高のTシャツもこんなアレンジに。鍵石というところのTシャツが妙に熱く2枚ほど購入。ハブとマングースの決闘Tシャツは次回に期待。

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危険なかほり

マイルドな口当たり。なんとなく危険なかをりがします。

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パレットくもじ「みの家」

手前ゴーヤーチャンプルー定食、奥じゅーしぃセット。
じゅーしぃセットはいなむどぅち(豚汁の白味噌味)つき。美味いが量が多くて食べきれず。

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謎の死の現場

ライブドア事件の重要参考人が謎の死を遂げた現場。
色褪せた看板が泣かせます。

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2006年7月 8日 (土)

ステーキハウス88で食ったのは

辻にあるステーキハウス88にて肉飯。町並みのいかがわしさにかなりビビりつつ。
台風前に肉食う奴はあまりいないのか店内は閑散としている。
このスープは片栗粉をお湯で溶いたような偽クリームスープ。たたきは程良く柔らかく美味い。
ステーキはミーバイという沖縄の白身魚をソテーしたのとヒレ肉のセットにした。味付けは最小限でA1ソースなんかをかけて食べる。占領下の味。
この店がある辻は本島有数の歓楽街。風俗店もいっぱい。やることやる前に肉を食って気合いを入れるためかステーキ店が多い。
辻はミッチェルを上半身下半身ともに育て上げた町。ちんぽもムケたよお姉ちゃん。

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台風前夜の沖縄本島残波岬

荒波を前にミッチェルの運命やいかに!?

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2006年7月 7日 (金)

沖縄到着

ちょっとアレな人形とゴーヤー豚まんがお出迎え。なんでこんなバイブみたいな造形にしたのか謎。ここまで食欲を拒否した形は珍しいよゴーヤー豚まん。

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2006年1月29日 (日)

那覇 ちゅらさん亭

沖縄最後の夜は当地では珍しい刺身としまうたでおえる。

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2005年9月22日 (木)

石垣島でみかけた奇妙なアレ


このイラストでは柴俊夫風だけれども、トニーとは故赤木圭一郎のこと。ここはそのほかヤギ汁も名物。物凄く臭いそうでまだ私は食べたことがありません。「おーりとーり」とは「めんそーれ」、つまり「いらっしゃいませ」ということですね。


どうもアパート名らしいのですがよくわかりません。ちなみにその前の道路では


パンツが干してありました。大胆っすね。


懐かしいなあ。田舎で細々と生きている感じがたまりません。


激しく電波を感じたイラストに惹かれつい撮ってみた次第。自由学校。営業している感じはしませんでしたが、果たしてなんでしょうか。ちなみに左のイラストを拡大すると

 こんな感じ。得体が知れないのがどうにもたまりません。

 
ウコン生液と思わず大書きしてみました。はらたいらさんもキメまくりの例のアレです。とにかくナニがギンギンになりそうなイメージなんですが、効能は違うみたいッすね。グツグツ煮込んでいるわけじゃない。

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竹富島の御獄(うたき)

竹富島には数多くの御獄(うたき)が存在する。御獄(うたき)は沖縄で信仰の対象となっている社のこと。


首里城の石門を築いたといわれる石工西糖を祀ったもの。


社形式でなくても御獄は存在する。


社奥に注目。御獄では神は空間性を保持し、自在に人びとの周りを動き回る存在である。


だからこうして出入りできるように隙間が空いている。ここでの神は神殿奥に押し込められている存在ではなく、まだ人びとのあいだをすり抜け、その横にたたずんでいるような、身近な存在なのだ。沖縄では神がまだ生きている。

 詳細は http://pussycat.cocolog-nifty.com/photos/okinawa/

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猫の大行進(in 竹富島)

一触即発の雰囲気。


別角度から見るとこんな感じ。しかし左の猫には罪がなさそうな気がするが。


ひしゃげた猫がイイ感じ。


竹富島には猫が沢山いることで有名な民宿がある。ここに写る猫の多くはそこにいる。だが民宿のおじさんいわく「23匹いたけど毒殺されて15匹ぐらいになっちゃった」そうである。こういう問題は根深いからなあ。なんとかうまく共生して欲しい。また次回来訪した際にもこの画像の猫たちに会えることを願う。


コンドイ浜付近にて。熱い砂浜を歩いてココまで来る猫に脱帽。

詳細は http://pussycat.cocolog-nifty.com/photos/okinawa/

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竹富島、コンドイ浜

その姿は限りなく西方浄土。

詳細は http://pussycat.cocolog-nifty.com/photos/okinawa/

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竹富島、道の風景

まさにテーマパーク。

 


詳細は http://pussycat.cocolog-nifty.com/photos/okinawa/

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波照間島、路上にて


琉球王朝の祭事関連だと思う。


なんの鳥だろう。

 


建物がなければ石敢當も少なくなる。これはその数少ないうちのひとつ。

詳細は http://pussycat.cocolog-nifty.com/photos/okinawa/

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竹富島、夕暮れ

 

詳細は http://pussycat.cocolog-nifty.com/photos/okinawa/

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2005年9月20日 (火)

竹富島、小さなイキモノ

 

 

 

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波照間、ヤギ糞尿課長


立派なのを垂れ下げてなにをしているのやら。

 
そんな風に画像を撮っていたら…。ちっきしょー。ヤギにおしっこかけられた。ちんぽうつしてやる!コノヤロバカヤロメ。おもしろいのは用を足すとき、にょきにょきとピンクのナニが伸びてくること。あれよあれよと茎が伸びて育って逞しく。ぴゅーぴゅーとコチラに発射。
 

心なしか、ほっとした表情のようにもみえるし、申し訳なさそうに見える。

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波照間島、西の浜

 

 

 

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2005年9月19日 (月)

波照間島、山羊

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琉球バナ

 http://pussycat.cocolog-nifty.com/photos/okinawa/ より

 

 

 

 

 

 

 

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2005年9月18日 (日)

オキナワの夜

オキナワに対して、私は特に思い入れはない。ある種のイデオロギーに基づいた過剰な思い入れを抱いている人に対しては深い同情を禁じえない。(おそらくそれは私が土地というモノに思い入れを抱けないような根無し草であるからかもしれない。異常は私のほうなのだろう。)オキナワの保持する文化に対してならわかるのだが、多くの場合、単に「青い空と白い砂浜」だけに思い入れがあるから不思議だ。岡本太郎ではないけれど、それは単に昔からそこにあるのであって、自然という存在を、きれいだのなんだのと人間のせせこましい美意識の中に押し込めるのはいささか失礼ではあるまいか。自然はあるだけで美しいのだから。それはほとんど宗教的な意味合いすらもつ。
しかし、そういう私でもオキナワに対してはある種の感情がわきおこる。いったいなんなのだろうか。オキナワの夜のもつ、あの猥雑でいかがわしい雰囲気を目の前にすると、なにかが起こるような高揚感と身体に擦り寄ってくるような懐かしさを感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アルバム作りました。
http://pussycat.cocolog-nifty.com/photos/okinawa/index.html

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2005年9月17日 (土)

羽田到着そしてカレー

アディオス沖縄という気分をこめてカレー。

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2005年9月16日 (金)

石垣島ぐるくん亭 続き

左が沖縄の県魚ぐるくんの唐揚げ。沖縄に行ったら是非食すべし。沖縄で食べたぐるくんの唐揚げで小骨に悩まされた経験はないのに、内地では必ずと言っていい程痛い思いをする。何故でしょう。頭までぼりぼりと豪快に行きましょう。右側はイカスミチャーハン。ガーリックがきいていて美味しい。イカスミモノも石垣島の料理には割と多くある。

 

 

 

 

奥が刺身盛り合わせ。だいたい1800円ぐらい。2~3人前っす。マグロとカジキ、ブダイとミーバイ、タマン、島ダコ、コブシメ(甲いか)、シャコ貝とタカセ貝。いずれも島で採れたモノと推測。味が濃厚だったのが印象的。

 

 

 

 

 

 

石垣牛の寿司。左が生、右が炙り焼きにしたもの。いずれも牛本来の旨味が生きてます。これで1200円。値段の価値は充分あり。柔らかかった…。

 

 

 

 

 

 

 

食べたい食べたいと念願だった、ジーマーミー豆腐の揚げ出し。しかしどうやらジーマーミー豆腐の揚げ出しは人気メニューらしくあちこちの店でありました。都内の店でもやらんかなあ。
ここの店はあまりピーナッツの味がせず、それが私としては残念でした。ミッチェルはピーナッツがニガテなので良さそうでしたが。外はカリっと中はとろりという組み合わせがたまらない。内地でも食べたいが…。(しつこい)

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石垣島 ぐるくん亭

ぐるくんは美味いよ。りうぞーさん、ジーマーミー豆腐の揚げ出し(モドキ)食ったぜ…。サービスで一品つくといわれたが来なかった。どうやら間違えて隣の人に持っていってしまったらしい。なんだったんだろう。なにか気になる最終日。

ぐるくん亭外装。結構小さい店です。間口は狭い。

 

 

 

 

 

 

 

いかにも沖縄の人という方が板前さんです。泡盛が所狭しと並ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

まずはジーマーミー豆腐。これはつまりゴマ豆腐のピーナッツバージョン。濃厚な味がウリ。この店のはあまりピーナッツ味が濃くなく、それが難点。すくうととろりと落ちる。そのねっとり感がたまらない。

 

 

 

 

 

 

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戦後60年

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竹富 たるりやにて名物車海老と縄文そば

竹富は車海老を養殖してます。そういうわけで名物車海老のフライ(単品1200円)縄文そば(700円)を。
ここがたるりや。ビアガーデンにもなるそう。そうはいっても新興住宅地の庭程度の広さです。

 

 

 

 

 

 

 

これがうわさの海老フライ。頭がないのでちょっと小さめ。夏だったから仕方ないかも。ぷりぷりして美味しい。香ばしいし。

 

 

 

 

 

 

 

縄文ソバはどちらかというと冷麺のようなこんにゃくのような不思議な味わい。これが大根おろしと濃いめのそばつゆにマッチして実に美味しい。是非竹富へ行った際はご賞味下さいませー。

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コンドイ浜

ナマコだらけです。

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前川守賢は

なぜ「元ちゃん」というのでしょうか?(鳳蘭の「ツレちゃん」並みに謎)どなたかおわかりになる方がいらっしゃったら、どうかご教示ください。

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なごみの塔より

みなさま、おはようございます。

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竹富 朝

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2005年9月15日 (木)

上地牧場のソフトクリーム

生クリームを舐めているような濃厚さ。腹下しそうな美味さです。その辺で売ってるソフトクリームが田舎からでてきたばかりのおぼこ娘だとしたら、これは銀座の蝶とでもいうべきか。この濃密さ是非とも味わうべし。

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小さなヤドカリと夕闇

見づらいけどヤドカリ
もう暮れてしまったから

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竹富夕暮れ

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竹富風景

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沖縄石垣島「焼肉金城」


ここ、石垣島にある「焼肉金城」は100%石垣牛であるのがウリです。その分お値段も割とよい。今回食したのはランチメニュー。
焼肉定食(上ロース豚ロースとりもも)1320円、牛刺し580円、和牛特選ヘレ(ヒレ)1550円。焼肉定食にはキムチ、小鉢、ドリンク、ライス、スープつき。ライスとスープはおかわり自由。やっぱり関西はヘレだなあ。ヒレは一体どこまでの地域で有効なんだろう。

 肉の厚みを見よ!石垣牛はほどよい肉臭さがよいです。柔らかくて肉汁あふれる食感がたまらないっす。

分厚い肉が焦げる味…たまりません…。

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プロペラ機に乗って(RAC)

サービスで竹富島上空を旋回してくれました。

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さらば波照間

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2005年9月14日 (水)

右と左の競演

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山羊の大行進

いたるところにヤマヒツジあり

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わけいってもわけいっても

青い空

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本日の波照間

朝 日が照ってて風がある
千の天使がバスケットボールする

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2005年9月13日 (火)

波照間到着

お休みなさい。よい夢を

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高速船とわたし

なにもえばっていう話ではないが、私は船が苦手だ。もともと乗り物酔いがしやすく船で酔わなかった試しもないし。
そういうわけでこの高速船にも半ばもう諦めて乗ったのだが意外にもまったく酔わなかったのにはかなり驚いた。
外の空気を吸った方が楽だろうと、私は覆いと水よけだけの後部座席に陣取った。風が吹き抜ける。珊瑚礁からでるまでは(船がひっきりなしに出入りする割には瑪瑙色したある程度の透明性を維持している。これには驚いた)ポンポンと比較的穏やかだったのだが、外海にでるとジェットコースターと化す。揺れるどころかとびはねる。そういうわけで面白さに目を奪われ気持ち悪くなる暇がなかったのだがほかの要因により気分は非常に悪かった。同乗者に難があったからだ。
本日の同乗者は4名。自転車と共に乗り込んだ浅黒い地元然とした青年。大荷物を背負ったダイバーらしき湘南的青年。問題は脱色しきった髪に得体の知れない大きなひまわりの飾りを施した、いかにも初期手塚治虫マンガで南洋のドジンとして登場しそうな女子二人。船がいちいち揺れる度に絶叫する。遊園地じゃないんだし聞かされるほうはたまらない。
臨界点をこえた私が「ウルセー黙りやがれ!」と慇懃かつしとやかに申し出るがそれは、天に届けよとばかりに唸りをあげるエンジン音とこしゃくな人間どもにネプチューンの恐ろしさを思いしらせんと襲いかかっては敗れ砕ける波濤の轟音の前では無力もいいとこ、まさに蚊のなくようなものだ。ギャーギャー騒ぐ声で眠れず、徐々にあの乗り物酔いする前の不穏な空気が漂い始めた。
仕方ない電波に頼らんと性の体位四十八手にならい、アホウどもに天誅を下す手段を48通り考えた。まあ電波な人間なもので。石垣島名物の闘牛に投げ込んでズタズタにされるところを考えたら少し気分が良くなりました。
そしてそんな人間の思惑を超えて海は紺。完璧に滑らかな紺であり、ゼリーのような濃度を見せながら美しくうねるのでありました。

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今度は動画か…

新機能追加…動画もいいけどシステムの安定供給をよろ。しかしこの動画だけど、これこそ金払って導入するようなオプションでいい気がするのは私だけでしょうか。
(ちなみにこの情報は携帯でもみられるmixiにて教えていただきました。ゆっこさんありがとうございます。)

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ようやく島影

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とびはねる

いい振動だ。ガディワッツにビンビンくる。

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2005-09-13

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揺れる

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波照間へ

いざ出陣

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石垣空港ゆうな

ビーフカレーなどという激しくツマランものを食べる。ステーキ丼セットを食べる気力ゼロ。ミッチェルは八重山そば(沖縄そばの平打ち麺に対し、こちらは丸麺)を食べる。いずれも900円。ミッチェルよりセットについてたジーマーミー豆腐(ゴマ豆腐のピーナッツバージョン)をもらう。石垣島は晴れ時々曇り。これより波照間へ船移動。

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2005年9月12日 (月)

おまけ 羽賀研二の店南国食堂 と 北海道ラーメン

明日は本島を離れ、波照間へ。沖縄最大の聖地・斎場御獄の画像は後ほど。

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北谷美浜 太陽市場 料理編

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北谷美浜 太陽市場

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DFS フードコロシアム

全体的に品数が少ない上割高。体裁よりも味だと思うがなあ。サラダバーの野菜が乾燥しきってカサカサだつた。

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那覇新都心 タコス屋

タコス×1 150円 タコスティック×5 300円。実に平均的なお値段。

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2005年9月11日 (日)

キャプテンズイン

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キャプテンズイン

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キャプテンズインにてステーキ

だいたいにおいて沖縄の第一夜はステーキを食べることになっている。今回はキャプテンズインにした。テンダーロイン2500円と特選テンダーロイン3000円。客は3組しかおらず、しかもじきに帰ったので我々だけでいたたまれない時間が流れる。店員のテンションも低く厳しい。飯はめちゃ美味いが。

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小泉首相は歴史に残ったな

さすが天才軍師。策士。さて出口調査がそのまんま反映されるのかな。そうなると公明切りするのかね。
それにしても滞在先のテレビ故障のため、久米筑紫のジジイ放談がみられないのが残念。古チンポの煽りしかみられんとは…激しくうざいな。

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空港食堂でゴーヤーとフー

空港食堂というストレートなネーミングの店で食事。ゴーヤー、フーチャンプルーです。500円の割にこのボリューム。美味し。

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沖縄めんそーれ

到着。空港内に「花」(喜納昌吉)が流れてて萎え。こうして県をあげて応援するから奴がグルになるんではなんて思ったり。妄想中。

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羽田空港は賑わいにけり

今回はカレー食べず。スープストックトウキョウにてオマール海老なんかのスープセットにした。
荷物検査にてループタイ関西ジジイと喧嘩しかける。若いなワタシ。

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2005年6月23日 (木)

沖縄戦の思い出(沖縄戦終結の日にちなんで)

戦後は還暦を迎えたなんていうへんちくりんな言い方をマスコミでは使用しているようですな。ともあれ先の戦争から60年経ちました。皮膚感覚で戦争というものを実感できなくなっても致し方ない。そういう歳月であると私は思う。
ミッチェルのご尊父から私はずいぶん沖縄戦の話を聞いた。本日は沖縄戦終結の日である。戦争体験をこのようなかたちでwebに残すこと、それ自体に意義があると思うので、微力ながら、お聞きした話を記してみたい。拙く長い文章ですがどうかお付き合いください。沖縄戦の戦死者犠牲者には心からの哀悼の意を表します。

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(ミッチェルから)聞いたと思うけど、ボクの姉がね、ひめゆり部隊にはいったんです。参加するちょっと前に近所に住んでいた人がせっかくだからと家族写真を撮ってくれてね。それが唯一の皆がそろった写真となってしまった。不思議なことにね、姉はユタ(※沖縄特有の女性霊媒師占い師)にね、姓名判断してもらったときに、10代で水難の相がある、といわれたよ。残念なことにその通りになってしまった。母はずいぶん悲しんでね、慰霊碑には一字多く彫ってもらってあるんだよ。
今日、平和の礎にいったの?あそこに多分姉の名前もあると思う。(姉のことは)もうずいぶん記憶から薄れてしまったけれど。

あのとき…沖縄に米兵が上陸したとき、ボクらは、北へ、山へ逃げたんだよ。父が女学校の校長をしていたから、それでツテのある先生のところへいこうと叔父からなにからみんなで逃げた。隣近所の人も、その頃になったらもうみんな逃げてたけど。

昼間は米兵が活動するから、夜逃げてね。山道の、荒れた道で、右手は崖のようになっていて、崖下は川だったと思う。父がいった「土手を左手で触りながら歩け」というその言葉を守ってね。父はその辺りをよく行き来していたそうだよ。だからある程度はどんな道かわかっていたみたいで、ボクらは父の先導の元なるべく急いで逃げた。雨が降ったりしてぬかるんでいて細い道。ずいぶん歩きにくかったよ。ボクは父の靴だけみて歩いた。我々を追い抜いていった夫婦が、カーブしている道をそのまま突っ切ってしまい、女の人が―赤ちゃんを抱えていたなあ―あっという間に足を踏み外して落ちたんだよ。立ち止まって「オーイ」と声をかけたら「大丈夫だよー」と返ってきたんで旦那さんだけ残して先を急いだ。でも気持ちとは別に足はすすまない。暗くて怖いし道は悪いし。

時折、米軍の照明弾が炸裂して、ものすごく明るくなる。そのときはソレッと駆け出す。それでずいぶん距離を稼いでね。後はじりじりとすすんだ。昼間は集落が捨てた壕の中や、ガマっていう洞窟みたいなところで隠れて休んでいた。ある日いつものように壕で休んでいたら、叔父が真っ青な顔して駆け込んできた。「アメリカーが来(ち)ょーん」(※アメリカがきている)といって。当時叔父は警察官をしていてね。それなのにおかしなぐらいぶるぶる震えて、どうにもならないくらいだった。続けて父がはいってきた。同じく音がするんじゃないかっていうぐらいぶるぶると震えていたよ。食料を探していたら、パンパンと銃を撃つ音がして、がさがさと英語らしき話し声が聞こえたそうだ。叔父は機転が利くからわざと全然別な方向へ石を投げて、米兵の話し声が聞こえなくなってから、ゆっくりと歩いてもどってきたそうだ。そんな近くまでもう米兵はきていたんだね。あんな二人の姿、後にも先にも見たことがなかった。しばらくしたら銃撃がはじまった。それが日本兵と米兵の戦闘なのか、米兵が捜索のためにわざと銃を撃っているのか、それはわからない。激しい銃声だった。壕の入り口は木の枝かなんかでカモフラージュしていたけど、硝煙が壕の中に充満してきて咳をおさえるのに必死だった。音を立てたら見つかるかもしれないからね。この壕にはボクたちの他、家族に取り残されたおじい(※おじいさん)がいたけれども、このおじいさんは耳が凄く遠くて、突然大声を発することがあった。だからボクはこのときおじいさんの口をふさぐ役をしていた。「おじいさん声を出さないでください」と。やっと米兵が引き上げてようやく静かになり。日が暮れるのを待ってボクらは壕をでて山奥に向かった。そのおじいさんがどうなったか、わからない。

避難地まで逃げる途中に、おかしな兵隊さんに会ったなあ。上半身は裸で、帽子だけして、手製のヤリみたいなのを肩に担いで、そこに上着なんかをぶら下げて歩いていた。沖縄出身だと言ってその人は歩きながら、「このヤリで米兵を5人殺した」って話してたよ。「二人は池の中で、短刀で刺して殺した。後の3人はヤリで殺した」短刀ももっていて、服も濡れていて、ホントみたいだったけど、でもちょっと話が出来すぎているので怪しいなと思った。米兵をやっつけた証拠があるから、それを見せて、この大東亜戦争が勝利した暁には、ゼッタイに偉くなるんだ、っていってたなあ。その人は一生懸命父に「自分が生まれた村はまだ安全だから一緒について来い」っていったけど、なんだかアヤシイからね。父は断って知り合いの先生のいる避難地にいったよ。あの人はどうしたかね。

ようやく知り合いの先生のいる村についた。山奥でね。先生は山の中のくぼ地に、壕―掘っ立て小屋みたいなのを作ってくれてね。ボクら―家族親類縁者含めて13人ほどだったかねえ―はそこで暮らすことにした。食料はないけど、比較的落ち着いて過ごすことが出来た。でも腹は減ってねえ。ほらあそこにある大きな葉っぱわかりますか?(とご尊父は庭にあるハート型をした葉を指差した。かなり大きい。)あれね“食わず芋”っていって芋ができるんだけど食べられないのですよ。いまはああして見事な葉ができるものだから、観賞用として庭に植える人が多いけどもね。もう腹が減って仕方なかったボクは、食わず芋っていうけど、ひょっとしたら食べられるんじゃないかって掘って食べたけども…あれは蒸したかなんかしたかねえ、一口食べたらもう吐いてしまって大変だった。私の母がね、その村でいちばんの年寄りにね、どうしたらいいですかって聞いたらね、黒糖と豚の脂を混ぜて丸薬みたいにして飲ませろ、とこういったよ。どういう作用かその辺がボクにはよくわからないのだけども、飲んだらね、不思議とよく効いたねえ。

そのお世話になった先生は動物を飼っていてね。馬とかヤギとか。あるとき、日本兵が村に来て、馬をだせ、と、こういうんだ。現地徴用すると。仕方ないから渡してね。馬を連れて日本兵が去ったあと、銃声がしたよ。恐らくは馬をつぶして食べたんだろうねえ。その先生は、もうこうなったら自分たちで食べてしまおうと、残った山羊をつぶしてボクたちにもってきてくれた。ところがこれが困った。ボクのウチはご先祖からの言い伝えで、山羊を食べてはいけないといわれていたんだね。なんでもご先祖様は山羊に助けられたことがあるから、その恩返しに、とそういう誓約をしたらしいんだけれど。(※沖縄は先祖崇拝が非常に強い土地柄)家族で悩んでね。食べなきゃ死んでしまう。でも食べたらご先祖様に背く。そしたらね、父がうまいことをいったんだよ。「確かにご先祖様は山羊に助けられた。でもいまだってそうだ。これを食べることでわしらは助かるんだ」と。上手い言い訳といったらあれだけれども、ともかくそれをボクらは食べて、助かった。

集落の回りを米兵たちが囲んでいるのだろうということはわかっていた。投降する人びとも増えてきた。時々食料を交換した村の人びとの中で戦局に詳しい人がいて、どうみてもダメだろうといっていたそうだよ。でも非国民と呼ばれることをおそれて父たちはどうしても簡単には投降できなかった。その頃になると米兵とも交流があってね。食料をねだったり、彼らが捨てるために埋めたモノをまた掘り返したりして食料を賄ったりしてた。ボクもよく掘り返してねえ。でも掘り返したら米兵達が用を足した後だったりしたことも幾度もあったよ。ただもうそのうち食料はどうしても底をついてきた。父たちは話し合って、余力があるうちに投降しようと。でもこれは本当に恐ろしいことだった。もし日本が勝ったらボクたちは大変な反逆者になってしまう。今の自分たちがどのような状況におかれようとも、なにしろ日本が負けるわけがないと思っていたからね。必ず本土から応援が来て戦局が好転するに違いないと信じていた。でも幾晩も話しあって、このままじゃみんな死んでしまうからどうせ死ぬなら米兵のところにいって死のう、ということになって、付近で同じように隠れている住民と一緒にみんなで、村長さんが白旗を掲げて、山を降りたんだ。たしか7月の…初旬頃だったと思う。

空が青かった。本当に、青かったよ。

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2005年6月14日 (火)

おきなわをきりとる

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2005年6月13日 (月)

バイバイ沖縄また会う日まで

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2005年6月12日 (日)

サムズアンカーインは美味い


サムズアンカーイン。客の目の前で焼くステーキシーフードが売り。私がいったのは国際通り店。今回は生伊勢海老+ステーキ(3937円)を注文。全てのステーキには、パパイヤのキムチ漬け、東インド風カレースープ、サラダ(4種類のドレッシングから好きなのを選ぶ)、パンorライスがつく。
従業員は水兵的イメージで統一。
←このドリンクはプレゼントつき。注文するとジュースを入れていた器をもらえる。(新しいのです念のため)

これが東インド風カレースープ。大きな鉄鍋で煮込んであり、それを小さな鉄鍋に移し変えた店員が目の前で皿にそそぐ。ライブ感を非常に大事にしている店。

さて、調理に入ります。シェフが自己紹介をし、挨拶をすれば早速。

大変美味しゅういただきました、とさ。

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沖縄ギャラリアの方向性について


新都心にきたらいかねばならぬ沖縄DFSギャラリア。
私がいつも行くのはkate spade。店員さんが巧いのでついついかってしまう。今回はノエルシリーズのピンクの長財布が50%ということもあり購入してしまいました。いんやまんずまんず。
化粧品だと国内未発売のセットや未発売パレットものなんかを売ってたりする。ボビイブラウンのリップパレットをこれまた購入。
しかし謎もいくつか。まずルイヴィトンは国内と同じ値段。そして品物には値札がついておらず、バックをあけ中のポケットにあるなどかなりわかりづらいシステムになってる。これは見るだけ客を増加することはあれ、積極的な購買にはマイナスにしかならんと思うのだが。とにかくこういうところはある種の人種が多い場所であり、私もその中にいるのを実感しつつも、香水がむせるように匂う中、一人無臭のような気持ちになった。

私たちは簡単に買い物を済ますと、国際通りへ土産を買いにいった。雨が酷く降ってきた。新都心にいたときは毛ほども予感をかんじなかったのに。沖縄では「かたぶい」というそうだ。ある地点を境目に降るところと降らないところが生じる。片方だけ降るが転じたようだ。モスバーガーで雨宿りをしつつ、ミッチェルと、あの場で感じる違和感についてしばし語り合った。

「それは当然だよ」とミッチェルは言う。うちなんちゅーが利用できないところなんだから、と笑う。違和感があるならなぜ利用するの?と尋ねられた。「違和感があるけど、あそこで金を落とすことがつまり沖縄の振興となるわけでしょ?使わないよりマシです」そうねえ、と彼は窓の外をみた。雨は降り続く。成金が金払って女優を買う気分はこんなものかしら、とふと思った。

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ちんぽの見える丘

そぼふる雨の中せっかくなので、ちんぽ…もとい安保の見える丘にいってみた。雨が時折強く横殴りになる。最近はこの丘の前に道の駅ができているので、わざわざ丘にいかずともここの展望台から基地を望めるようになっている。この展望台だが、屋根はあれども壁がないので好き放題に風が吹き込む。この日は暴風雨ともいえるような状態で、展望台の両側から風と雨が来襲し、まさにシャワー要らずという感すらある。修学旅行生も早々に撤退。展望台にたつことすら難しい状況で、子供たちが数人、水浸しの中をキャッキャと転げまわっている。滑ったりして遊んでいた。

少し雨がやんだところで、丘に行き、嘉手納基地を見下ろす。

この丘でなにが見えるのだろうか。ちんぽは勿論ながら安保も見えない。それは雨天だからでもない。こんなところにたったって、それは見えないのだ。ここは昔、単に基地の見える丘というぐらいの意味づけだった。それがいつの間にか「安保の見える丘」と勝手に象徴にされた、という。見る人になにかを与えるのではなく、イデオロギーがそこに意味を与えるならば。
ここに立ち幻想の安保が見えた気になる前に、まずは平和祈念公園に行け。そこでコチラの贖罪意識にかこつけて花を売りつけてくるばあさんを、罪の意識にかられつつ断ってこい。話はそれからだ。

私は昨日、ミッチェルのご家族に聞いた話を思い出した。

急に配属先が変わり、あわてて引っ越し先を探したらちょうどよい物件があった。昼間はいないためよくわからなかったが、それは嘉手納基地飛行機発着場の近くだった。たまたま仕事を休んだとき、昼間寝ているとうるさくてとてもじゃないが無理な話だった。
「本当に腹が立つよ。それで知り合いの方が人間の鎖をやっていたから、私も参加しようと思った。…でも…恥ずかしくて、やっぱり」

私は基地と密着した生活をしたことがない。考えてみれば基地があるのが当たり前という生活はかなりおかしいと私も思う。しかしだからといって米軍を全て撤退させればよいという短絡思考に陥るのも問題だ。沖縄には基地の代わりになにがあればよいというのだろうか。そのことを私は「安保の見える丘」で考えていた。

沖縄にはこれ以上基地はいらない。もういらない。

ただそれは沖縄の抱える矛盾貧困失業に目を向けてから考えるべきことじゃないのか。あのひめゆり平和祈念資料館の横に立つ米兵払い下げ品を売る店の意味をもっと考えるべきなのだ。

雨の中わたしはずっと立ちすくんでいた。

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昼はおきなわそば「きしもと食堂」

(←じゅーしぃは何故かパック詰めで運ばれてきた。)

沖縄は今日も雨だ。
こんな天気だとブラジルにいたときのことを思い出す。あれは雨季だった。しのつくように降り出した雨が急に強くなりすぐやむ。そんな繰り返しが本日の天気。

ミッチェルのリクエストにより本部半島海洋博公園付近にある有名な沖縄そばの店きしもと食堂にいった。我々がいる新都心からはかなり遠い。車を走らせること2時間半。ようやく到着。

間口は広いが奥行きはない狭い店の中はぎっしりの人。奥に通される。冷蔵庫ととトートーメー(仏壇)があるかなり家庭的でついスミマセンといいたくなる感じ。メニューは3種類。沖縄そば大600円小450円じゅーしぃ(沖縄風炊き込みご飯)200円。とりあえず全部頼む。小さいちゃぶ台二つに二人でもかなりキュークツなのに、さらに3人詰め込まれた。5人。到底無理だ。しかしソコを詰め込むのが沖縄らしいおおざっぱを感じる。奥の間のガラスサッシは閉まっていた。普段ならあいていて風が通り抜けるのだろうと思われる。まずはじゅーしぃがきた。

これはあらかじめ作り置きしてあるのは無論だが、なにしろこんな(画像参照)パック詰めされてぽんと置かれる。情緒もへったくれもない。田舎食堂らしさ全開である。しかしモノは美味い。じゅーしぃってもっと脂っぽいものだと思っていたがそうでもない。これは豚の脂がうま味になっている。五目炊き込みご飯にコクがプラスされた感じ。いやあ美味い美味いと食っていると、ガラスサッシが突然ガラッとあいた。なにかと振り返ると、雨の中、傘も差さないおばさんが無造作にお盆を突き出す。そこには大小の沖縄そばが。(当然だがなんの覆いもされてない)いやあ大雑把だな。ますます感動。

かまぼこが二つ、豚の三枚肉が二枚というシンプルな具構成。その上に青ネギの細かいのが散らばる。紅ショウガはナシ。色の白い麺はコシがあり堅めだが美味しい。この店は手打ちで、灰を使った昔ながらの製法をウリにしている。個人的にはきしめんのような印象をもった。こーれーぐーすを入れすぎてあまり味がわからなくなってしまった。いやはや残念。あっさりとした鰹だしのスープに滋味あふれる。沖縄そばはそのあっさりさが非常に好ましい。そういう意味では人気があるのもわかる。ただ、ワザワザ遠くからくる価値があるかどうかは疑問だが。手打ち麺をウリにしている店が少ないらしいので、そういう意味では貴重かもしれない。昔ながらの麺を味わいたい人にはオススメ。そうでなく遠くにホテルをとった人ならあまり行く意味はないかもしれない。

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2005年6月11日 (土)

昼はジャッキー

昼はミッチェルなつかしの店ジャッキーにて。ガイドブックには必ず載る店です。(以前にも触れたが長渕のサインそのほかたくさん飾ってあったりする。)ミッチェルはAランチ950円、私はテンダーロインステーキM1500円。全てにスープ、パンorライスつき。セットのスープがまた片栗粉を水で溶いて塩味つけたような具合でなんとも。頑張って腹に納めA1ソース(NO.1ソース)をかけ甘酸っぱさ噛み締めつつ食す。沖縄にきていることを実感する瞬間。
店内はAサイン時代の郷愁漂う作り。

これがうわさのかたくりスープ。

熱々の鉄板に肉がじゅわじゅわいいながら到着。勝手にNO.1ソースをかけて食べる。味付けはナシ。ぶ厚い肉が嬉しい。

ミッチェル大好きAランチ。ハンバーグにエビフライ、トンカツ、チキンカツ、オムレツ(当然ポーク)ポテトとかなり盛りだくさん。お子様ランチ的取り合わせがステキ。ここにも登場NO.1ソース(旧A1ソース)

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2005年6月10日 (金)

ついたついたよ沖縄に

いま那覇空港に到着。獅子がお出迎えでゴザイマス。

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羽田といえばカレー

JALです。21時ぐらいの飛行機に乗るので腹ごなしにとふらふらニオイにつられ。
程良い辛さで妙に美味く感じます。
茄子入りキーマカレー750円なり

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2004年12月30日 (木)

ヌケドVSちんぽ

非常に嫌な組み合わせです。

嫌ついでにこんな画像

これがホントのがま口、なんつって

うしゃしゃしゃしゃしゃしゃウェーハッハハッハわははははははははは

( ´ー`)フゥー...

 

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2004年12月29日 (水)

琉球猫を見て気を休めてくださいませ(癒し系)

 

(↑りゅうたん池付近にいた猫。顔が小さくて手足長くてビックリ。)

 

 

(↑なべおさみみたいな顔してます)

 

おまけ

 (波の上ビーチ付近でぽつんといた寂しげなクマ)

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2004年12月27日 (月)

まんこレポート

沖縄には非常に有名な、ある意味首里城をしのぐ場所がある。

マンコ公園(正確には漫湖公園)

そのインパクトのあるネーミングにひかれ、またまた小学生並みの感性で見に行くわけです。

(←公園地図。堂々たる姿ですな。)

案内人であるFあらためミッチェルはマンコに小さい頃から入り浸っていたらしい。

(マンコで遊んだ懐かしい日々に思いをはせるミッチェル。)

昔はサー、マンコって物凄く汚くてぐちゃぐちゃしていたんだよ。臭くて。ヘドロが溜まってて。みんな自転車とかのゴミ捨てるし。“マンコを綺麗に”っていう浄化運動のおかげで、だいぶキレイになったナー。俺、マンコで遊んでて足ハマってぬけなくなったコトがあるんだよ」と衝撃の告白。
そんな幼い頃からマンコにハマっていたのか…Fあらためミッチェルよ。

当然公園なので子供達も遊んでいる。マンコで。母なるマンコに抱かれて安心するか、子ら。
当人達が知らずともまた再び生まれ出たところへ戻っているわけですな。

そして老人達もマンコで細胞を活性化し活力を得ようと、今日もマンコにて運動に励む日々です。
懐かしいなあといいつつマンコに足を踏み入れるミッチェル。

   「臭い…すげー臭い」

マンコの臭いにノックアウトされるまえに、ミッチェルは無事生還できました。

 (風光明媚なマンコをワサワサ生えたところより望む)

まあなんつーか普通の公園なわけです。
なので当然

公衆便所もあります。マンコ。

 ちなみに沖縄では例の女性のナニのことを「ほーみー」というそうです。
沖縄へ行った際は是非唱和しましょう。ほーみー。

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2004年12月26日 (日)

というわけで

羽田到着。
食の旅の〆に寿司にいこうとしたが、カレーの香ばしい匂いの前で撃沈。
空港内のビーフカレーはほっとするレトルト味。これがまたいいんだなあ。

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キャプテンズインにてステーキ

ステーキハウスではキャプテンズとサムズが沖縄の2大ブランドである。
昨日のジャッキーは大衆店なので少し違う。
キャプテンズのランチはテンダーロイン130g180g230gの3種類のみ。
180g1700円を注文。テーブル備え付けの鉄板にて、目の前でパフォーマンスを交えて調理するのがウリ。
総じて沖縄で食べる肉は柔らかくて美味い。
開店すぐのせいかテンション低く調理する担当者。

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最終日の朝

那覇市内は晴れてるんだか曇っているんだかわからない天気です。
空気や光の感じが東京の5月あたり、初夏みたい。
なんともいえずいい感じです。

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2004年12月25日 (土)

ジャッキーの夜続き

ステーキは味付けなしで運ばれ、各自NO.1ソースをかけたり、しょうゆをかけたりして食す。
肉質は柔らかく厚いのに噛みにくさは感じない。
NO.1ソースは昔給食のハンバーグにかかっていた、デミグラスとウスターソースを混ぜたようなあの味。(まがいものめいた懐かしい味。幼い頃は、メロンの入ってないメロンジュースみたいなまがいものが大好きだった。)
熱い鉄板にソースがかかり香ばしい匂いとじゅわっという音が至福を呼ぶ。
沖縄の夜はこうしてくれてゆく。


(なぜか見えない隅へと追いやられているりんけんバンドのサイン色紙。)

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沖縄は今日も曇りだった(ステーキな夜)

今日は最後の夜で。
今帰仁城跡を見、久しぶりの運転にヘロヘロとなればアナタ!肉食って復活しかないでしょ。
というわけで、ジャッキーステーキハウスにて食事。
テンダーロインS(150g1500円なり。ミニサラダ、ご飯かパン、韓国的クリームスープ付き)
ミッチェルが学生時代通った店。
ざっかけない雰囲気でつ。

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2004年12月24日 (金)

ウワサの国内DFS沖縄ギャラリア

宿泊地近くにある沖縄ギャラリアに行ってきました。
沖縄にあるのだが現地人は利用できない。出国チケットを持つもののみが利用できるというまるで本土が札束で失業にあえぐ沖縄の鼻っつらをひっぱたいたような、ある意味蹂躙しているともいえる施設である。
しっかり買い物しましたが。
施設内は回廊部分の床下をガラスにして水を流したり、かなり気合いが入っている。
ミッチェルよりケイト・スペードのノエルシリーズをゲト。
なるほど本土価格より20%ほど安い。
ただルイヴィトンやブルガリなんぞの大メジャーはあるが、そもそも一店舗あたりの面積が小さい上に
数が30店舗ほどと多くないのですぐ見終わってしまう。
ディープな買い物好きには物足りないかも。(どうです?甘夏センセ)
レストラン街もありフードコロシアムということだが、入り口でフードコロシアムカードを受け取り、それを会計時に支払い代わりに提示し、出口にてまとめて支払うというかなりわかりにくい会計システムになっている。
8つほどあるフードコートはオープンキッチンになっており、かなりお洒落な雰囲気。館内放送にはジャズなんか流したりして。
最初からどの層に的を絞って勝負してるかがよくわかる。
これをあざといとみるかは人それぞれだと思うが、私はその必死の迎合をどちらかというと痛々しく思ってしまった。

ちなみに購入したものは出国時でないと受け取れないため、支払いをしたら引換券がわりのレシートを受け取り、それを出発ゲート内にある専用カウンターに提示し購入品を引き取る。
このシステムもややこしい。

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平和の石礎と義烈空挺隊

実はミッチェルのご家族がひめゆり部隊に参加しお亡くなりになってます。
ミッチェルとともに平和祈念公園を移動中。
青森県慰霊碑のりんご型はどうかと思ったけど。

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沖縄の朝食

近くのA&Wで。タコライスがあったはずがなくなってました。残念

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2004年12月23日 (木)

おまけ

羽田空港のツリー
なかなかよいですな。
耶蘇教に乾杯

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羽田空港はよい天気

いまから沖縄へ行くわけです。風邪で頭ががんがんしてまつ。
羽田の展望台は良い天気です。
飛行機ヲタのFあらためミッチェルはセクース時よりも興奮して離着陸する航空機を見てまつ。

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