2007年7月16日 (月)

ステキ絵馬とみたままつり

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東京は靖国神社恒例のみたままつりにいってきました。

今回も以前と同じテイストの見世物小屋がでてましたが、昭和アングラの劣化コピーのような出し物だったので今年は振り返らずにサヨナラいたしました。でもってちょうちんに注目したりして。

070715_21060001 間違いはどれだ?

絵馬もステキ。

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「さようなら元気でね」の文字が謎ですが、とりあえず彼の闘うべき敵が脳内でないことを祈ります。

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絵馬にはものすごく大雑把にいって願望系と独白系に分かれると思うのですが、読み物としてグッとくる絵馬はやはり独白系に集中します。今回はそんなイカシタ発露、うっかり漏れでた先走り汁とでもいえる独白系をいくつか紹介いたします。こちらはまさに独白系の王道ですな。こうした宣言を聞かされても、神は素直にうなづくのみ。

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のりこさん、フォーエバーラブ誓われてますよ。よかったですね。それはさておき、いまどきハワイに行きたいといわれてもなあ。高度経済成長期円は360円の時代は遠き追憶へ。HISの安いツアーで行ってください。レイかけられて踊るのだけは勘弁な!

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独白系の進化形態の中には当然ちょっとアレなものも含まれてくる。「絶対個人」なるものがなにかよくわからないけれども、電車なんかで自己啓発本を読みふけってそうだな。勢いあまると日の丸まとって演説しそうだけれども、まだそこまでにはゆとりがある。そんな一歩手前感がたまりません。

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上の絵馬がかろうじてある一線に踏みとどまっていた気配があるにもかからわず、そんなリミッターはどこへやら、唖然とするわれわれを遠く置き去りにしているのはこちらの絵馬。「~ように」と願望っぽく「お願い叶えてカミサマ!」と全盛期のGSのごとく熱視線斜め45度キープだったのが、最後の最後でうっかり本音がでてしまった。人はそれをかわいらしさとは呼ばず、デムパと呼ぶやら呼ばぬやら。

雨が降ったり降らなかったりと、あまりよい天気ではなかったがそれでもこんな風に

070715_18370001 over the rainbow.

おあとがよろしいようで。

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2007年7月15日 (日)

さとうただおスペシャル

みたままつりにて。上から下までびっしり佐藤忠男。

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2006年12月10日 (日)

評論家中条省平氏トークショー「ヌーヴェル・ヴァーグについて知っている二、三の事柄」(仮題)

昨日行われたシネマヴェーラ渋谷で開催中のヌーヴェル・ヴァーグ映画週間記念のトークショーに参加してきた。話者は映画評論家中条省平氏。(ちなみにこの日記のトークショータイトルは私が適当につけたもの)

17;25から開始なんてアータ早すぎるぜと文句たれつつ17時頃渋谷に到着。人が多くてなかなか思うように前に進めず。クソ不味いホットチョック(ピッコロサイズ)を飲みながらなんとか間に合う。会場は入れ換え制ではないゆえか、ほぼ満員。今日は雨で天気が悪い上かなり寒かったのにもかかわらず皆よく集まるなと自分もその一人ながら感心した。さてトークショー。この日の内容は「俺とヌーベルバーグ」。ドゥルースのシネマ2をテクストにしながらヌーベルバーグを語るといった趣。かなり面白かった。

「みなさんこんばんは。中条です」とスクリーンの前のイスに一人腰掛け開始。以下はだいたいの要約となります。

「今回はヌーヴェル・ヴァーグについて語るということで」と1959年という年がヌーヴェル・ヴァーグにとってどのような意味合いであったかについて言及。「クロード・シャブロルは『美しきセルジュ』を発表し、そしてすぐ『いとこ同士』をも送り出し一躍スターとなり、トリュフォー、アラン・レネがカンヌで賞をとるなど活躍、一気に広がりを見せ、またこの年に『勝手にしやがれ』がクランクイン、ロメールの『獅子座』も同様。ただしロメールは既に王手飛車取りでデビューはしていましたけれども。ヌーヴェル・ヴァーグの年がそこからとすると、今年で47歳、もうすぐ50歳というのはそこからきてます。」
「ヌーヴェル・ヴァーグとは何かというと、『勝手にしやがれ』を例にとりますと、まず第一にオールロケというのが挙げられます。これはカメラが軽量化され手持ちできるようになったこと、フィルムの感度がよくなってスタジオでものすごい光量をあてて撮影しなくてもよくなった。ここにおいて完全にスタジオの閉鎖された空間から解放されたわけです。ロケーション撮影ですね。そしてこれはゴダールだけかも知れないですけれども、即興演出を取り入れた、という点。」ここで中条氏は『勝手にしやがれ』における自由さをジーン・セバーグがフランス語をそんなに話せないにもかかわらず起用したことによって生じる偶然性ーーそれは最後の場面においてベルモンドがつぶやく「俺は最低だ」という言葉、その「最低」という単語がわからなかったため、近くにいた警官に尋ねると「おまえは最低だといっているよ」といわれる。ここにおいて生じる暗いユーモアなどを例に挙げつつ「ヌーヴェル・ヴァーグの大きな特徴としては、ドキュメンタリー性が強いということです。パリの街角でロケを行い即興演出を行うことによって土地のドキュメンタリー性のよさをひきだした、ということがいえます。ただ『勝手にしやがれ』において唯一古いと思うのは、同時録音をしていないということです。その後の映画の流れとはそこが違っているんですけど、とにかく綺麗な言葉、綺麗なフランス語を話して演劇的に聞かせるというのをやめた、ということがいえます。」

続いて中条氏はドゥルーズの「シネマ2 時間イメージ」をテクストにしながらヌーヴェル・ヴァーグの特徴について解体していく。

「ドゥルーズの『シネマ2』がようやく翻訳されましてーーなぜか『シネマ1』ではなく『シネマ2』から刊行されているんですがーーこれは難しいですけれども、かなりよいので是非読んでみてください。『シネマ1 行動イメージ』では古典映画つまりハリウッド映画について語られていて、シネマ2では`時間イメージ`について言及している。この中でドゥルーズは`時間イメージ`とは何か、ロッセリーニに代表されるネオレアリスモを例にとって説明しています」

「ヌーヴェル・ヴァーグとネオレアリスモの特徴としてドゥルーズは分散的であること、人間関係が脆弱であること(今日の関係が明日も続くとは限らない)、主人公のさすらい(本人以外行動形式の意味合いがとれない、観客には説明されない)、世界が陰謀的であること、登場人物たちが自分たちの行動について自覚的であること(自分の行動に対して批判的であったり戯画的であることへの自覚)を指摘しています。(筆者注:ここで『勝手にしやがれ』やその他ヌーヴェル・ヴァーグ作品を例にとって上記5点の説明をした後)これは第二次大戦を経て、世界の解釈の仕方が変わってしまったということが言えると思います。古典映画のように、主人公が自らの行動形式になんの疑問も抱いていないというような世界にはもう戻れなくなってしまった。見取り図が成立しない見取り図というか、これは先ほどいった第二次大戦後の世界の変化と関係してきているわけです。」

「ヌーヴェル・ヴァーグは僕にとってなにかというと、これは世界の再発見にほかならない。映画を根源的に条件付けしてみてください。そうすると上映時間とフレームの二種類が決定的な構成要素となると思います。このフレームですが、ドゥルーズがいうにはヒッチコック型とルノワール型がある。ヒッチコック型というのは先ほど言ったいわゆるハリウッド的な古典映画で、ヒッチコックの映画をみればよくわかると思いますが、すべての要素がぎっちりと詰め込まれており、フレームの中に世界を作っている。まるで教科書のような作品のことです。ルノワール型というのは世界を切り取ってきている、世界は無限大だから俺に切り取れるのはこれだけだよ、ということなんですけれども。それでヌーヴェル・ヴァーグの監督たちはみなルノワールが好きなんですね。ヌーヴェル・ヴァーグは本質的にルノワール的なんです。シャブロルなんて映画をみると実にヒッチコック型だけれども、やはりルノワールが大好きなんですね。そしてブレッソンを馬鹿にしている。彼が言うには、ドアノブに手をかけてあけるところを映したりあるいは登場人物が街頭を歩くコツコツコツという靴音をわざわざ撮ることになんの意味があるんだ、と。また『犬』における犯人が自白するシーンで、カメラがパンしてから告白が始まる。あんなのありえないっていうんですね。そういうことに意味を見いださないのがルノワール的であり、否定するところから始まったのがヌーヴェル・ヴァーグなんです。」

そして齢70を超えるヌーヴェル・ヴァーグの監督たちがいまだに現役でなおかつ若々しい感性を保持していることを驚異的であると褒め称えながらルノワールの映画の一節へと。

「ルノワールの『ゲームの規則』における有名な言葉`僕が本当に恐ろしいのはすべての人の言い分が正しいことだ`に象徴されてますが、ルノワールには世界に対する恐れがある。彼の「ピクニック」には世界でもっとも美しい雨のシーンが登場します。が、もともと彼が欲しかったのはカンカン照りだったんですね。でも雨が降ってきてやみそうもなく、しかもそれがあまりにもすごいのでじゃあ撮ってしまえということで、つまり偶然収めたものが世界で一番美しい雨のシーンになったんですね。これがクロサワなら近くの宿を何ヶ月もおさえて、金がねえなんて嘆くスタッフを`がんばるんだ`とか励ましながら思い通りのシーンを撮る。だいたいどうせ開けもしない薬棚をきちんと開けられるようにした上さらに中にそろえておくといったことになんの意味もないんですよ!」ここで場内から軽い失笑が漏れた。「ここにクロサワファンの方がいたら申し訳ないんですが、あくまでもルノワール的な世界観と比べてということですので」と中条氏も苦笑いする。

「戻りますと、カフカのあの謎めいた言葉`世界とおまえの戦いなら世界の方を支援しろ`にもつながっているのですが、つまりすべての人が正しい、どの人にも言い分があるということを認めあう、そういうことをルノワールは実体化させた。そしてヌーヴェル・ヴァーグは知りあった5人全員が親友でーー後にはゴダールとトリュフォーのように血で血で洗うような憎しみの中別れていったケースも有りますけれどもーーそしてそういう世界の多様性を認めようと5人全員が共有していたわけです。」

中条氏はこの日上映されるゴダール「恋人たちの時間」における、世界に対する断片化とその人間関係の脆弱さゆえの残酷性、また「モンソーのパン屋の女の子/シュザンヌの生き方」を`くだらないことこの上ない話`であるとしながらも、個別の人間の物語ながら、結果すべての人に言い分が有るということを表現しており、また女の子が涙するシーンで窓の外に降り注ぐ圧倒的な雨において宣告される`世界は豊かだ`という象徴に注目して欲しいと語られた。

「リュミエール兄弟の映画に『赤ちゃんの食事』というのがあります。これは赤ちゃんがただ食事をしているシーンをとった元祖ホームムービーというべきものなんですけれども、その赤ちゃんが食事している後ろでうつる木が、今そこにあるように風にそよいでいる、もうその赤ちゃんだって死んじゃっているだろうし、木もないかもしれない。でも映画の中では永遠である。そこに世界の多様性が表されているんですね。」

続いてロメールの「獅子座」を絶対に見ろと推薦。「男の目に映る世界の変容を是非見て欲しい。疲れ切ってパリを放浪するんですが、そこで川の水面にうつる波紋がまさに世界を再発見させるものなんです。だから僕にとってヌーヴェル・ヴァーグとは世界をもう一回再発見させてくれた、友情に満ちた奇跡的な映画運動です。(こんなことは年をとった人間が言うと実に醜いのですが、と前置きした上で)特にこの時期のヌーヴェル・ヴァーグは`若さ`でしか補足しようがない作品なので、是非皆さんもこの時期のヌーヴェル・ヴァーグをみて世界を再発見して欲しい」と中条氏は締めくくった。

話としては氏の「フランス映画史の誘惑」(集英社新書)とも重なる部分が多く、基本的には補足するような内容だった。情報量に圧倒されるとまではいわないが、なにぶんにも早くもあったので、前の方の席では何人か寝ている方もおられた。もったいない。ドゥルーズについてはあまりよく知らないので非常に参考になった。帰宅後早速Amazonにて購入したりして。聞き逃した方は是非「フランス映画史の誘惑」を読んで補完した上でヌーヴェル・ヴァーグの作品に触れて世界を再発見してほしい。有意義な時間でございました。

フランス映画史の誘惑

フランス映画史の誘惑

  • 作者: 中条 省平
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2003/01
  • メディア: 新書

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2006年8月20日 (日)

太陽を

みてきます。感想はまたあとで。

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2006年8月17日 (木)

8/15靖国神社探訪記総括

今年もまた、終戦記念日がやってきた。

ヘリの音で目が覚める。去年、街宣車の軍歌で目が覚めたときよりはマシかもしれない。

毎年この日は必ず靖国神社へ行くことにしているが、ああ明日も人が多いんだろうな、そのうちマスコミの割合は…などとやっていたら就寝が遅くなってしまった。起きていろいろとネットやらなにやらをチェックするとどうやら7:45頃小泉首相は参拝するらしい。時計を見れば7:10。飛び起きて支度し即行で家を出る。

お盆もあり道路はガラガラ。タクシーはあっけなくつかまり、裏道をとおり、なんとか靖国神社へ。

小雨がしっとりと降るが空気が冷えることはなく、ねっとりとした熱気が四肢に絡みつくようだ。ヘリの爆音はやまない。「地獄の黙示録」かよ。おそらく参拝はまだなのだろう。報道陣が参拝客めがけ容赦なくカメラをむける。まだ人はさほど多くはない。


境内がいささか閑散としているのとは対照的に昇殿前は人だかり。「靖国護持」というTシャツを着た坊主頭が数名おり、賽銭箱の横には普段はいないカメラマンが居並ぶ人々を撮影している。私は真ん中に落ち着いたが、到底昇殿の中を見える位置ではない。見えるのは携帯やらビデオカメラやらを掲げる人々の腕だけだ。期待感が狼煙のように立ち昇り渦を巻いているようだ。低く小さなざわめきが波紋のように広がっていく。それがどれほどの時間だったのか。

 きた、きたきたきたきたと火をつけたように駆け巡り、いっせいに腕が上がる。本来ならば昇殿は撮影禁止だが、制止するものはいない。おそらく神社側も黙認なのだろう。これは歴史的瞬間でもあるのだから。小泉首相が昇殿の中に姿を現した。そのとき、どよめきと異常な興奮状態、そしていささかためらいがちに拍手が起こり、前方にいた「靖国護持」Tシャツを着たいわゆる“右翼”らしき人の声で「よくやったーーー」。それ以外は明確な“言葉”はなく、うぉおおおおおという地鳴りのような唸り声があたりを支配していた。隣の男が携帯を片手に「いま!小泉総理が靖国参拝を行いました!わたくしは--」などと彼女の手を引き引き実況をしている。その手のブロガーもかなりいたのではないだろうか。私を含めて。

「あ、いま横切った」

そうはいっても私に写せるのは人々の手だけだ。拍手と歓声。苦い顔をしている賽銭箱横のカメラマン。参拝と同時ぐらいに小糠雨だったのがボツボツと強く降り始めてきた。私自身はある種の歓喜の涙ではないか、と思うのだが、マスコミはまた例によって“暴挙に対する悲しみの涙”とかなんとかいうのだろうな。雷でも鳴ったら完璧だっただろうけど、そうそう野中広務が泣いて喜ぶような展開にはならなかったのだった。



人が廊下を歩くとき儀式でもない限りそんなに時間はかからないだろう。

そういうわけで、気がつけばもう小泉総理は参拝を終えていた。上の写真のような按配で賽銭横に陣取っていたカメラマンがそのあと参拝する人々を写す写す写す。背の低いおばあさんが静かに手を合わせているとわざわざ接写してまでもその顔を記録しようとする。参拝者は罪人なのかよ、と小さく悪態をつく。さすがに神社側の警備担当が「昇殿は撮影禁止です!すぐでていってください!」と割ってはいる。結局彼らはたたき出されてしまったわけだが。





つはものどもが夢の跡でしょうかね。












飯も食わずに飛び出してきたので、ここでいったん家に帰って食事をとることにした。自分になにか影響がなくても殺伐とした場にいるだけでかなり体力を消耗するのだなと思った。参堂を歩いていると、早速インタビューされている人がそこここで見受けられる。化粧もしてないからインタブー求められたらどうしませう、などと余計なことを考えていたが、手ぶらに近い状態だったので単なる近所の暇なやつと思われたのだろう。どこからもお声はかからなかった。

 
上記画像はだいたい一続きと思ってください。日の丸をもったオジサンがインタビューされていた。私が通り過ぎようとしたときオジサンは「アンタねえ、凱旋門知ってる?」と唐突に報道陣へ質問していた。なんとなく私の中であの朝生で発せられた「アンタ聖徳太子知ってる?」というのと重なって思わず足を止めた。「えーっとあのパリの…」と報道陣も戸惑い気味。おじさんの主張をまとめると“凱旋門も無名戦士を祀るためにあった。世界中こういう施設はあって当たり前”ということを伝えたかったらしい。おそらく靖国で取材すればこういう発言が多々あるのだろうな、と感じた。あとで“靖国へ参拝するような輩はこんなウヨクみたいなのばっかり!”と変な風に報道されなきゃいいな…とオジサンのにこやかな顔をみながら考えた。



周辺にはこんな風に機動隊車両と右翼の車が交互に止まっていたりした。



沿道にはモノ配る人主張する人が鈴なりになっている。法輪功もせっせとビラを配っている。今年は外国人参政権反対の団体もビラ配りにいそしんでいる。その他、アレ?と思う団体が配っていた。こうしたビラ配りをしている団体はある種の共通項があるのだが、その団体には年齢服装性別雰囲気ともになにも共通した感じがしない。これで閉鎖的かつ一人か二人妙に目立つ格好(紋付はかまとか)着ていると2ちゃんねらだなと思うのだが、そうした特徴もなかった。まあ宗教かまたはかなり強固な共通項がある2ちゃんオフなのかな、と思いつつ、ビラを受け取った。(下記画像参照)


下は法輪功の配っている新聞。その上にあるTBSに対する抗議文などが記載されているのがその団体が配っていたもの。ビラはカラー印刷されており、金がかかった、一見して組織がきちんとだしているものだなと思えるつくりだった。裏にはカラーで漫画なんか書かれているし。内容としては例の安部氏の画像をまったく無関係な戦争時の画像と組み合わせたいわゆる総務省から指導がいったモンタージュ映像にからめて“TBSの免許剥奪のために署名をお願いします”というものだった。この団体についてよく知らないのでググってみたのだが、HPもないようなので、ちょっと気になった。



とまれ、家に着くとさきほどの報道がされていた。キャスターはみな一様に興奮している。まあ演出なんだろうけど。しかしこんなぎゃーぎゃー騒ぐことかね。生姜先生こと姜尚中はニュース23で「歴史の分岐点となるだろう」と述べていたが、いったい誰がそうしたのか、と思う。

ご飯を食べて落ち着いてから靖国へ。曇天はいつほろほろと雫を落とさないとも限らない不安定な様相だった。それでもなんとなくもう雨は降らないような気がして傘を持たずにむかう。

入り口ではこのままラップでも一席ぶったほうが似合いそうな方が演説をしておられた。この方は毎年ここで演説されている。特徴のある声(ご本人いわく「だみ声で失礼しております」)を聞くたびにああ靖国にきたなあ…と感慨深くなるから不思議だ。











 

人出は午後になっても絶えることはない。参拝客の年齢層は去年と同じく、30後半から40代がすっぽり抜けたその前後がいちばん多いというかなんというか。俗にいう働き盛りの年代があまり見受けられない。お年寄りは懐古で、若い層はネットの影響で、なんていう言説がでてくることだろう。











参道の両脇には署名を求める団体、垂れ幕をもってアピールする団体がそこかしこに見受けられる。




そして靖国神社関係者も報道陣に混じって写真をとりまくっていれば、
















キリストの幕屋がどさくさにまぎれて小冊子を配布しており、











 


 

ふとみれば三線がなっていたりするのでかなり境内は混沌とした状況だった。












 



鳥居をくぐるときに中国語が耳を掠めたり、観光地めいた印象もあった。感覚でいえば去年と同じくらいの人出。昇殿へ並ぶ人々の列も同様で大変な混み具合である。朝、参拝を済ませておいてよかった。


 










 

脇で靖国神社担当者が「救護室もございます!ご無理をなさらないように!」と声を枯らす。去年のように直射日光が照りつけられると困るのだが、蒸し暑くても緑のおかげで風が吹き、比較すればだいぶ楽だろうと思われた。とりあえず遊就館へまわってみる。救護室あたりでは麦茶の無料配布もおこなっているようだ。










あっさ!こっちもスゴかとねえ。ちょっくらびっくりでなんしょ。とどこの方言だかわからない言葉がでてくるくらい混んでいる。こんなに並んでいるのはじめてみました。おととしは実に閑散とした風景だったのに比べるとここ一、二年は大盛況だな。ただ別にスーツを着て来いとはいわないけれども、メイドみたいな格好をした女を連れた男がポーズをとらせてデジカメむけたりしているのはさすがにどうかと思う。こういう勘違いした輩がくると英霊の鎮魂というのはどこやらで単なる観光地化しているだけじゃないかとふつふつと怒りがわいてくる。参拝客が増え、ひとつの文化として定着するのは私の望みでもあるが、だがだからといって観光地になってくれ、はとバスよ止まれということではない(特にこういう終戦記念日などは)。暑さ疲れと相成って、やるせない気持ちになってくる。

そんなことを考えていると横をカメラだの何だので包囲された団体がこちらに直進してくる。なんだなんだと思ってみてみたら…古賀誠センセイのご登場でした。口を真一文字に引き締め、追いかけ質問するマスコミをまくかのように早足で歩き、その威圧感はなかなかのものだ。

リムジンに乗り込みご退場。問いかけにも答えなかったような気がする。案外小さい人だったのがなにより印象的だった。














マスコミの数も多い。機材をもって人にぶつかってきたりするからいやだ。この場では朝日の次に嫌われ者であるTBSも(まあそれだけ功労者ってことなんだけど。彼らが騒いだおかげでこんだけ参拝客が増えたようなものだ)、













どこだかわからない外国らしき?アナウンサーもいれば、













 

 

日テレのワイドショーで見かけるリポーターもいた。手前にいるグレーのスーツ姿の御仁に「センセイ」と話しかけていた。会話の内容が漏れ聞こえたが、なんでもお父上が満州で終戦を迎えられたようで、戦後いろいろとありましたでしょ、というようなお話をされていた。













毎度恒例のコスプレな方もいらっしゃる。ちなみにコスプレはここ最近始まったものではなく、結構昔から英霊を懐かしむという意味合いで行われており、個人的にはコスプレというものはここからはじまったのではないか、とすら考えている。最近は若い人も増えてきたな…などと思っていると、あの那須戦争博物館の館長(右画像)がいらっしゃるではないか!(詳細は根本敬先生の「人生解毒波止場」など参照ください)個人的には古賀誠に遭遇したよりもびっくりしました。かねがねお会いしたかったから感慨もひとしお。お元気なご様子でなによりでございました。

 靖国そばのある喫茶売店では、陸自っぽい格好をされた方と旧日本兵の会合中。日よけのある旧日本陸軍の格好をされた方は年のころ67歳ぐらいでその日焼けして刻まれた皺をみているうちに、大叔父が生還してきたガダルカナルのことを思い出してきた。酒を一滴も飲まなかったのに、帰ってきたら黙ったまま一升ぐらいあけては日本刀を抜いて暴れていたという。私が会ったときはそんなことは片鱗も見せずに、ただ優しく撫でてくれたのを懐かしく思う。大叔父が黄泉へと旅立ってからもう幾年になるだろうか。




そんなこんなでふと見れば、
















青空がのぞいていた。

 
もういいか、とその場を離れたのが17時頃。それでもまだまだ参拝客が九段の坂をのぼってくる。今日は去年よりも参拝客が多いのではないか。(後日新聞を見たらそのとおりであった)歩いて帰ろうかと九段の交差点を神保町方面へ向かって歩いていると、俎板橋がなにやら物々しい。機動隊員が集合している。

 
どうやら九段交差点で神保町へ向かう斜線を規制しているようだ。街宣車が止められ、警官ともめている。タクシーには客が乗っており、急いでいるとしたら気の毒にな……と同情。とりあえず、ここまできたならきっちり見ていこうと事態の趨勢が判明するまでしばらくこの場にとどまることにした。


しばらくすると機動隊員は消え、代わりに警官隊が列を作る。あたりには不穏な空気が漂っていた。ひっきりなしに笛の音がし、空気が殺伐とした色をなしてくる。

とそのとき、向こうから紋付はかまで扇子をひらひらさせた男を先頭に30人ほどの団体が歩いてきた。服装も年齢もばらばらで、その共通項のなさに、ああ2ちゃんねらのオフ会だな、とわかる。まさかこのための規制じゃないだろうな、などとのんきに思っていると、靖国神社の方角から街宣車がやってきた。機動隊の車が前方をふさぎ通さない。さきほどのラッパーな右翼の方だろうか。同じような声と絶妙な節回しで「反天皇制の人間を叩き出せ!た~たきぃ~だせぇぇ~」と喧伝する。しばらく繰り返すとUターンしていった。(後で裏道から別なルートで現れたことを知る)

警官が重点的に集まっている地域があり、ひょいとみると右翼団体の方を取り囲んでいるようだった。
「ダイナマイトで吹っ飛ばしてやりますよハハハハハ」という物騒な発言が飛び出すが、いたって和やかな和気藹々とした空気である。と、そこへ笛の音と地鳴りのような声が聞こえてきて、デモ隊が神保町方面から靖国神社へ向かって、靖国通りを縦断してきた。一気に緊張が走る。










ふとデモ隊の先をみると、ちょうど橋が途切れた前方に例の街宣車が止まっていた。「は~んてんの~うせいを~」と街宣が始まる。わっしょいわっしょいというデモ隊の声と重なって現場は騒然としてくる。先ほどの右翼団体関係者がいる横辺りに腰をすえ、事態を見守る。隣を見れば白人女性、後ろを見れば白人男性。白人女性はデモ隊がこのまま直進すれば街宣車とぶつかるのを知って「オーマイガーット」を連発。後ろの白人男性は「ファーーック」とつぶやく。両方とも、初めてリアルで聞きました。ちょっと感動。

信号の後ろ辺りにあるのが件の街宣車。大変にぎやかになってきた。















警官・機動隊員に守られながらゆっくりとデモ隊が進行して来る。目の前に来たとき、左隣にいた男性が飛び上がり、なにやら怒声を発している。警官たちがあわてて取り押さえる。

デモ隊はそのまま進み、あわせて街宣車が「ふ~んさぁ~い!ふ~んさぁ~い!!」と拡声器で怒鳴り、気がついたらいつの間にか終わっていた。そういえばおととしもここのポイントでやりあっていたな、と思いつつ、なんとなく予定調和という言葉が頭に浮かぶ。そういうつもりは双方ないのだろうけれども。

こうみると機動隊員の服装と特攻服がよく似ていることに気づいた。













さらに後方には

ちゃんと救急車が待機しておりました。














皆様お疲れ様でした。

 

去年、今年とまるである種の政治的顕示の場であるかのように“なってしまった”靖国。当日、私はYMOの「テクノデリック」を聞きながら歩いていた。現在からすればかなりチープに聞こえてしまうからこそ、とてもこの“狂騒的な場”にふさわしい。(特に「TAISO」なんて曲はまさに現場が「ケイレンの運動」状態であるわけだし)人工的かつ無内容の極みみたいな音の数々を、ひたすら耳に流し込みつつ、ご高説を縷々述べるマスコミ陣を横目にしながら、ぶつけようのない憤りに似た苛立ちを自己の内奥でたぎらせていた。三方向にばらばらに広がっていくその曲調はまさに“いまここ”でおきているこの状況を的確に表していた。

そんなわけで、この事態に対する私の考えは去年とあまり変わらない。参拝客が多いのはうれしいがメイドまがいの格好をしたやつらなんかがいたりするのをみると、多くなるのは果たしてよいのことなのか、と思えてくる。分母が多きければそれだけおかしな輩も増えるのは当然だ、とはわかっているけれども。

だけれども。
目の前におきていることがすべてではないのだ。

あれは、疲れたので木陰のベンチで休んでいたときのことだ。

まったく無関係なように喧騒が続く遠くの光景を眺めつつ、ある種の祭りだな、とそれをどう考えてよいやらと思案しながら、横を見れば。そんな周囲の大騒ぎとはまったく無縁なように、三人の親子連れが楽しそうに笑っていた。まだ幼い子がたったり転んだりしているのを両親は楽しそうに見守っている。遠目からみてはっきりとわかるぐらい、それは“聖家族”のように一体だった。彼らはこの騒動をどう見ているのだろう。その騒ぎはまるで関係ないように、彼らはいつもの日常をそこで過ごしていた。そのとき、私の傍らにおそらくは戦友に会いに来たと思しきお爺さんが腰をかけた。「いいかね?」「ええ、どうぞどうぞ」
「ここは涼しくていくらかしのぎやすいね」とおじいさんは美味しそうに一服。この人にとっても、この場にいるのは日常とまでは行かなくても“当然”なのだろう。私は彼らを見比べ、そして遠くで起こっている喧騒を眺め、どちらが靖国のあるべき姿なのだろうと考えた。

そしてそれはいまも考えている。

■以前の靖国参拝時ルポなど

【2004年8月15日の様子はこちら】
前編:右翼殿、そこのけそこのけデモ隊がいく。
http://blog.so-net.ne.jp/pussycat/2004-08-15
後編:それはまだ終わらない。戦後は続く。(8月15日靖国神社参拝記 その2)
http://blog.so-net.ne.jp/pussycat/2004-08-15-2

【2005年8月15日の様子はこちら
8/15靖国神社参拝を終えて、総括【50万ヒット記念もかねて】
http://blog.so-net.ne.jp/pussycat/2005-08-15-16

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2006年8月15日 (火)

右翼とデモ隊のガチンコ勝負きました

粉砕と叫んでいる。怒号が凄まじい。見物人には外人多数。

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デモ隊到着?

一見和やかそうな右翼?さんと警官さん。ダイナマイトでぶっ飛ばしてやる、なんて会話が聞こえてくるから素敵。神保町の方角からシュプレヒコールが。きているようですね。怒号が地鳴りのように。街宣車の目の前にきました。外国人さんがオーマイガットを連発。

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機動隊の撤収がはじまる。

機動隊の車は撤収を開始している。靖国通りを神保町へはいかせないようにしているらしい。なぜだろうか。機動隊員の代わりに警察官がきた。

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右翼の車が止められて

まな板?橋付近。機動隊員や警官が走り出す。右翼は街宣車から反天皇制の人間を叩き出せ!と叫ぶ。しばらくすると車をUターンさせていった。どうやら街宣車を通さないようにしているらしい。

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笛の音がしきりに

聞こえてきます。デモ隊?

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右翼の小競り合い物々しい雰囲気

道路が片側封鎖されてます。なにが起こるのか。

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だが空は青い

そろそろおいとまするべきか。人混みにいると必ずツンとする汗の臭いをかぐようになりました。

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日テレやらTBSやら

マスコミ交歓の場と化してる感あり。

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那須戦争博物館のおっさんに遭遇!

根本敬先生の本(人生解毒波止場ほか)でみかけていらい一度はおめにかかりたいと思っていた那須戦争博物館の館長に遭遇!いやあ来て良かったですよ!はるばるお越しになったのか…感慨深し。
恒例のコスプレな方もおられます。

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古賀誠に遭遇

長蛇の列となってる遊就館付近にて。思ったより小さかった。威圧感が端で見ていてもはっきり伝わる。マスコミがいなくてもあんな感じだろうな。

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署名、あるいは演説

参道の横にはそこかしこで声を枯らす人々がいる。

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神社が撮り幕屋が配り三線がなる

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ヒトヒトここにあふるるか

救護室をもうけてありますと叫ぶ係員。ねっとりとした熱気が体にまとわりつく。直射日光はなく風も吹いてるから去年よりはよいか。

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再び靖国

人、かなり多し。

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配る人訴える人

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機動隊と街宣車

周囲はこんな感じ。

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パリのガイセンモン知ってる?

日の丸を持ったおっさんが報道陣へ華麗な質問。聖徳太子知ってる?に次ぐ珍問かも。

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マスコミ残骸

神殿近くで参拝客を撮影していた報道陣と警備員の間で一悶着おきる。いったん帰って飯タイム。

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撮りまくり撮られまくり

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小泉以後

総理到着と同時に歓声が上がる。たぶん現場の私よりも報道中継みている方々のほうが瞬間を目の当たりにされたのだろう。歓声をかき消すヘリの音が印象的。

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総理到着の瞬間

うつせませんでした。小雨がすごい

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報道陣スゴス

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靖国つきました

しかしヘリがうるさすぎ。

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2006年7月12日 (水)

やきう観戦の巻

詳細はまた後で。

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2005年11月 6日 (日)

松江城と天守閣から市内を望む

昨日は美味い鰻を食って昼間の借りを返したぜ
今日は曇り

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2005年11月 5日 (土)

黄泉若宮氏へ捧ぐ

松江市月照寺にて。伝説の力士雷電の碑です。松平不昧公お抱えとは知りませんでした。宝物殿にて手形もみましたがさすがにでかかった。

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2005年10月26日 (水)

ディズニーランド酔夢譚


ふとおもった独り言を。勝手な心情なんであまり深く考えないでくれれば幸い。

沿道でシートをひき、疲れ切った表情で漫然と座る人々を見ていた。
ほとんどが男性で、まれに女性。いずれも20代後半~30代とおぼしき人々。それらをみながら、私は2500円で各国料理食べ放題というレストランに座り、やがてくるカボチャの山車を待っていた。

今日は初手からついてない。平日だから空いてるだろうと思いきや、まったくもって混雑していて、ちょっとしたラッシュ時電車並の人口密集度を誇っている。よく考えりゃ月曜なんぞ土日の後だから余分に休みを入れている人も多いだろうし。火曜か水曜あたりにすればよかったんだよな、とため息をつく。おまけにゲロ踏むし。ディズニーランドでゲロ踏むヤツもあまりいないような気がする。そういう意味ではまあついてるのかもしれないけど。ハロウィンパーティだそうで(どうでもいいけど日本でそれやっているのここぐらいじゃないかね?アメリカンスクールとかそういうHAHAHA!な場所をのぞいて)あちこちにカボチャ大王のジャックが飾ってある。まあそんな風景が見られるのも千葉県浦安市東京ならではである。

そうこうしている内に、ローラースケートをはいた従業員が前説にやってくる。どこかの独裁国家のように、人々は指示されたとおりの振り付けをおとなしく練習している。これじゃ、あまりあのマスゲームを馬鹿にできたもんじゃない。米帝覇権主義に屈した日本の、民意からの抵抗手段としてのマスゲーム的表現方法がアレなのだろうか、と彼にいう。まあそんなもんだろ、といかにも適当な口調で、目の前におかれた“素晴らしき各国料理”を一生懸命つついている。ミッキーマウスがビッグブラザーに見えたのは、私の性根が曲がっているからなのだろう。

好きか嫌いかでいえばディズニーランド(以下ネズミ国に省略)はどちらでもない。むしろ、そこに行くのは、そういう好悪とは別の部分のような気がする。場所に対してよりも、そこにくる人々に対して興味があるし、どちらかといえば儀式というか。自分を見つめる作業というかなんというか。ネズミ国ごときでそんな大げさなといわれるかもしれないが、いやしかしそれには最適な場所なのですよ。そもそもアトラクション面白し。で、まあこういう人間なんで、行ったらそれこそ責務か義務のように「おまんこちんぽ」を連発するわけですよ夢の国で。そうやって自分という人間の立ち位置を確認するんですな。きゃー☆ミッキーだわ、と群がられているヤツを見ながら、ミッキーの中の人もセンズリするんだよ、ということを自らに言い聞かせる。なんつーか負けちゃイカンと思うのよね。負けたらイカン、と。それはつまり日々引用する根本敬先生のおっしゃるところの「勝敗なき勝負」での「負けたらイカン」なんだけど。しかし今回、3年ぶりぐらいに訪ねたネズミ国であるが、久しぶりに再会した彼らは疲れて老いた顔をさらしているようだった。勝敗なき勝負を挑むよりも、なんとなくその体力減といったような状態が激しく気にかかる。おめえが元気ねえとこっちは喧嘩も売れないよ、とねぎらいの声でもかけたくなった。マヌケ美も増えてたし。それは、例えばスペースマウンテンの出口にあるコカ・コーラ社の広告が、色褪せて緑一色で濃淡を表現したようになっていることや、従業員の説明方法がバラバラであったりする点(レストランに入っても説明があったりなかったりした)、アトラクションの人形が薄汚れていたり(薄汚れた人形で演奏されるミッキーマウスマーチにはもの悲しいを超えたなにかがあった)、ひとつ600円「も」するプーさんの顔した風船が合わせ目のところに激しい印刷汚れがあったりする、そういうところに寄る年波が現出していて、どちらかというと年増が少女のような異様な若作りをしているような気がした。それはあの「ジェーンに何が起こったか?」ででてくるあの老女にどこかにていた。まあここは老いも若きもコスプレをしてよいとされている非合法地帯なので、その辺はなにも若作りしてるのはネズミ国だけでもなかったりする。猫耳ブームからか、アレをくっつけて歩いてるヤツが佃煮にできるほどいたが、猫耳というよりも鬼の角みたいになっている輩ばっかりで食傷。どうでもいいがアレしたまま帰るヤツがいるけど、本当にここは羞恥心をゼロにしていい場所なんだな、とつくづく思う。そういうわけで私のような妙な自意識ばっかり先鋭化したヤツと一緒に行くとうだうだと文句を聞かされる羽目になる。文句は言うが楽しんでないわけではない。

それにして、も。相変わらず飯はまずい。この各国料理のビュッフェ形式を謳うレストランは、味付け品数種類全ての面において「ディズニーランドである」という定冠詞がつかなければ通用しない代物である。従業員は笑顔なく、みな疲れていた。今日は特別お客さんが多いのだろうか。がらがらに空いた店内で、ある種の威厳を保つのは、ドールハウス内――北欧にありそうな家具と人形が丁寧に配置されているアレ――に当然のごとく安置された粉ミルクやら飲むヨーグルトの缶の唐突さであったりする。群がる蠅をおっぱらいながら、美味くない料理を粛々と消化していくのは、まったくディズニー的楽曲が脳内で昭和枯れススキに変換されていく趣であった。

本日の園内客層を見ていると、なぜかイイ顔のオヤジ率が割と高い。平やんみたいな人が何人もいる。別に差別しているつもりは毛頭ないが、ネズミ国がずいぶん平均化したんだな、と思った。大衆化、といってもいいかもしれない。おそらく私なんかの世代が、学校行事の中に東京ディズニーランドが組み込まれるようになった第一次世代だと思うのだが、昔を思い出しても、こんなにおっさんおばさんが多かった記憶がない。まあ忘れているだけだと思うのだけれども。(それにしてもババアは人混みだと羞恥心が失せるのはなぜか。とにかくいくらなんでも鏡を見ながら人の面前で歯をせせるのは止めろ)ドキュンとかヤンキーだとかトットローといわれる人種が多いのも想定内。(彼らのミッキーへの熱愛ぶりには本当に頭が下がる。いい人たちに好かれてよかったねネズミよ)だが当然のごとく最も多いのはベビーカーをつれた若い母親、あるいはその家族、といったところだろう。あちこちにベビーカーがある。こんなに人が多いと、子供もぐずったり、いうことを聞かなくもなるのだろう。乗り物から降りたがらない幼い娘の頭を音が出るほど強く(後ろの席にいる私にも聞こえるくらい)叩く親、撮影だかなんだかで道の真ん中にたち、人にぶつかっても謝らない親、子供を野放しにして、その子が他の人にぶつかったり叩いたりしても意に介さず一緒に来た母親としゃべり続けている人。目にしたくはないがそういう光景を目の当たりにするにつれ、こちらもささくれだった気持ちになってくる。でもそういう状態にあってもさすがはミッキー。ヤツは山車のうえから眼下の平民どもに対してこんな風に言ってのけた。「みんな!これからも夢を見続けよう!」

果たしてここに夢はあったのだろうか。

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2005年8月16日 (火)

8/15靖国神社参拝を終えて、総括【50万ヒット記念もかねて】

【靖国神社現場から中継です】時系列一覧
靖国乱闘編http://blog.so-net.ne.jp/pussycat/2005-08-15-1
怒号飛び交うデモ隊http://blog.so-net.ne.jp/pussycat/2005-08-15-2
逮捕者一名http://blog.so-net.ne.jp/pussycat/2005-08-15-3
毎日新聞無料配布http://blog.so-net.ne.jp/pussycat/2005-08-15-4
サイレンが鳴りやまないhttp://blog.so-net.ne.jp/pussycat/2005-08-15-5
YTNってどこの国のテレビ局?http://blog.so-net.ne.jp/pussycat/2005-08-15-6
旧日本兵登場http://blog.so-net.ne.jp/pussycat/2005-08-15-7
英霊に献花をhttp://blog.so-net.ne.jp/pussycat/2005-08-15-8
参拝するまでが大変http://blog.so-net.ne.jp/pussycat/2005-08-15-9
A級戦犯と戦争責任http://blog.so-net.ne.jp/pussycat/2005-08-15-10
遙かなりhttp://blog.so-net.ne.jp/pussycat/2005-08-15-11
ようやくhttp://blog.so-net.ne.jp/pussycat/2005-08-15-12
参拝おわりhttp://blog.so-net.ne.jp/pussycat/2005-08-15-13
コスプレイヤー?http://blog.so-net.ne.jp/pussycat/2005-08-15-14
現在の靖国通りhttp://blog.so-net.ne.jp/pussycat/2005-08-15-15

※参考 昨年(2004年)8/15終戦記念日靖国神社に参拝した際のルポ
前編 http://pussycat.cocolog-nifty.com/fpkk9822/2004/12/post_24.html
後編 http://pussycat.cocolog-nifty.com/fpkk9822/2004/12/post_25.html



コチラでも書いたが、朝は、街宣車の物音で目が覚めた。見事なお膳立てに自分でもゲンナリする。なんだかんだと家を出たのは11:30過ぎ。朝から行く予定だったんですが。嘘つきでスミマセン。ふとみると携帯へ今日の天気がメールされていた。大雨の恐れ。早く行かないと。とりあえず駅近くのなか卯でがっつりカツ丼を食す。体力をつけてないと負ける気がした。なににかはよくわからんけど。
ふと思いつき、電車で行くのはやめてタクシーで靖国神社に向かうことにした。こういう勘が働くときはなにかある。運転手さんと現在の政治状況、今度の衆議院選挙の話題で盛り上がる。勘故か、それともとにかくこういうときは連続して話題が続くからか。今日はこんでますよ、という運転手さんにいけるところまで、とお願いする。内堀通りと靖国通りとの交差点付近の手前まで来たところで騒然とした雰囲気が漂っていた。あれあそこで揉めてますね、と運転手さんの視線を辿れば、靖国神社に向かって左側。

警官隊とデモ隊がもみ合っている。すみませんここで、と急いでおりた。カメラ屋の近くで、金髪というよりも脱色しすぎで白髪のようになった若い体格の良い男性が、手作りらしき紙製の「参拝中止」「日本遺族会(この後の文字がよく見えなかった)」「天皇制NO」などと書かれたプラカードを掲げて「靖国神社を解体しろー」「やめろー」などと叫んでいる。彼を中心にしたデモ隊が口々に同じようなことを叫びながら警官隊とこぜりあいしていた。低いうねりがうずを巻き、地響きのような騒音があたりの空気を緊迫した禍々しいものに変えている。これほど近くでみたのは初めてだ。まさに目と鼻の先。間近で目の当たりにするとなにをしてよいやら一瞬戸惑い、数秒立ちつくした。心臓がゴトッと音を立て脈拍が瞬間的にあがるのがよくわかる。その場の気に呑まれかける。とりあえず花壇の石垣に避難し被害を避けながらなりゆきを見守る。警官隊の外から「ふざけんな!」「なにいってんだテメー」などと怒号が凄い。右翼の構成員?と思われる人が突撃しかけ、警官隊に制止されていた。それが何回か繰り返される。嬉しそうな顔をしたどっかの国の白人テレビクルーの姿が印象的。

報道関係者なのだろうか。物見高いだけのおっさんだとしたら無理はきかん年だろうに。無茶したらあかんで。

ちなみに上記画像、右側へ視線が集中しているのは暴れていた人間が取り押さえられたため。逮捕者一名という記事でお伝えした方かどうかは定かではありませんが。デモ隊を取り囲む警官隊が「そこ段差あります」「足もと気をつけてー」と怒鳴っていたのが印象的。そういうのを聞くとある種警官隊に守られているデモ隊、という図式が浮かんでしまった。

 この後デモ隊は警官隊とともに戦線を後退させ、後に残ったのは上記のような取り押さえられた人間と収監するための車両を待つ機動隊員だけだった。騒動を尻目に参拝へと向かう。九段下交番付近で「よろしくお願いしますー」といってかなりな分量の束を渡された。毎日新聞の戦後60年特集号だった。

どのような内容か帰ってじっくり読もうと小脇に抱えたが、この後の参拝した際のごたごたでどこかへいってしまった。非常に残念。もし読まれた方がいらしたら内容を教えて下さい。

大雨なはずがそういう気配が全く見えない晴天。真上から振り下ろすような直射日光にゲンナリしがちな私の横を、かくしゃくとしたおじいさん、おばあさんたちが歩いていく。その姿に活を入れられながら九段の坂を登る。島倉千代子の代表曲『東京だよおっかさん』でも“優しかった兄さんが、田舎の話を聴きたいと ”と唄われていた九段の坂。イデオロギーがぶつかる場所となってよいのだろうか。英霊はタダ静かに眠りたいだけだろうに、とふと思う。アイスキャンデー売りに人が群がる。蝉の声が頭上から降り注ぐ。こうしてあの60年前の夏も過ぎていったのだろう。後ろにいたおじいさんが「もう戦争を知らない若い奴が増えているんだろうなあ…」と小さく呟いていた。

※靖国神社境内案内はコチラhttp://www.yasukuni.or.jp/annai/keidai.html

大鳥居前で旗を掲げた右翼と思われる団体がマイクを使って演説をしている。このほか周囲は常に右翼とおぼしき街宣車が走っている。国体の護持、と勇ましい。神国ニッポンの~という声を聞きながら大鳥居へ向かう。マルコメ味噌のマスコット「マルコメくん」のような小学生?男子が「おねがぃしまーす」とビラを配っていた。

(↑左:表 右:裏)
コンナ小さい子が…と少々びっくり。中へ進む。記念式典をやっているようだ。そうか。戦後60年だもんな…と妙に実感。参拝客は20代~30代の若い層と60代以上と思われる高齢者層とくっきりと分かれている。それが実に興味深かった。しかし割合からすればやはり高齢者が多い。40代~50代の管理職ゾーンがすっぽりと抜けているようだ。そういう方がいてもスーツを着ているなど一見して関係者とわかる場合がほとんどだ。何故だろう。同時に管理職ゾーンは団塊の世代でそれはイコール全共闘世代にあたるな…などとぼんやり連想してみたり。平日だから、ということもあるとは思うが、それとはちょっと違う気がした。

 
大村益次郎のところに特設スクリーンが設けられていて、「終戦60年国民の集い」式典の模様がわかるようになっている。


式典入り口。かなりの人混みで見に行く気が萎える。

ちなみに主賓は上記通り。おなじみ西尾幹二先生もいらっしゃいますね。つのだ☆ひろはこの間のみたままつりにもでていた気がする。ちょっと聞いてみたいなと思いつつ時間があったらにしようと、先に参拝をすませるべくと大手水舎へ。メインの参道が式典会場となりテントが設けられているため脇道をとおる。救護室を見かけたが、入れ替わりおばあさん達が出入りしていた。物凄い暑さだもの…。普段は人気のない大手水舎だが手水を使うための順番待ちとなる。戸外で触れる水が気持ちいいと思ったのは久しぶりなような。神門前の鳥居にYTNと書いたマイクを持ったアジア人がなにやら喋っている。ちょっと聞いただけだと中国語かな?と思ったのだが、どうやらひかりこさんに調べて頂いたところ、韓国のTVだったらしい。戦後60年ということで今回はかなりテレビ局がインタビューしていて、あちらこちらでちょっとした人だかりが出来ていた。ヨーロッパかアメリカと思えるテレビクルーも見受けられた。


この旗をもった人に延々と議論をふっかけているおじいさんがいた。(註:画像にうつっている白い帽子の人ではありません。)その模様もきっちり撮影される。ある種の図式が確実にここでは消費されていく。私を含め。こういう場面を携帯で撮影している人が実に多かった。
手水で手と口を清める間、延々とパトカーのサイレンがなっていた。蝉の声は静かに沈んでいくが、サイレンの音はことごとく剥がしていくかのように響く。
(←花のつぼみに注目)
献花を買い、神門をくぐり参拝列に並ぶがかなり混んでいそうなのでいったん退却。その間神門前につぎつぎと旧日本兵の格好をした団体、特攻服のような出で立ちで大きな旭日旗を掲げた団体などが終結。なにかを叫んでいたがよくわからなかった。ふと詰め襟姿の学生服男子を見かける。この暑さの下で見ると暑くて大変だろうに気遣う前に視線に入った方がウンザリしてしまう。でもな学生にとってあれが正装なんだよなと独り言。チャンネル桜の署名の列に並ぶ男性のシャツが汗でぐっしょりと濡れ肌着を通り越して素肌がモロ見えとなっていた。
木陰で英気を養い、いざ出発。

並んだはいいが全く進まず。とにかくいつもならするっと拝殿へたどり着けるはずがぴくりとも動かず。画像のような状態が延々と続く。鳥居は遠くなりにけり。列はそれでも時折思い出したかのように進むが、それでも牛歩並み。この感触は大昔に友達とホンの冗談で大晦日にいった(そしてエライ目にあった)明治神宮の時とそっくり。違うのは参拝までの距離だけ。日は照りつける。うっかりとペットボトルを購入し忘れ、まさに熱射のただ中にさらされてしまった。今日は大雨降るって…いや今いきなりふられても困るからせめて曇天に、と望むも、8/15のお昼時は快晴と“決まっている”からかなえられるはずもなく。並んでいる人びとにはかなり高齢の方も多く、倒れないか心配になった。時折吹き抜ける青葉の匂いを含んだ涼しい風だけを頼りに、じりじりと皮膚が焦げていくのを感じながら、水分も補給できず、上からたたき付けられるような陽射しをただひたすら地面を見つめることで耐え、ハルメンズ「レーダーマン」なぞを聞きながら気を紛らわし誤魔化し、うっかりプロコルハルム「青い影」が流れて泣きそうになり、1時間ちょっと待った挙げ句、ようやく参拝と献花を終える。拝殿を目の前にしたときには花の蕾がひらきかけていたよママン…。

 ふらふらしながらいつもの奉納絵馬チェックをすることもなく、式典を覗こうという気も起きず、当日靖国に詰めていた友達の右翼に「どーよ?どこにいるの?」なんてメールする気力もなく、ただひたすらに水を求め靖国そばが名物の売店へといちもくさん。途中、去年見た記憶のある従軍看護婦のコスプレした方を見かけたが、撮影を求められて人気のご様子。売店に行けば自販機のめぼしいものはすべて売り切れ。残るは甘い缶コーヒーのみ。呆然とする私にめがけ、そばにいたおっさんがキリンレモンの炭酸ゲップをお贈りくださる。妙に生ぬるくて甘いその臭いに感謝の気持ちでいっぱい。もう涙もでねえよ。売店入り口にいたお兄さんの前にクーラーボックスが!すがるような思いで「ウーロン茶ありますか…」と尋ねるとだしてくれたよ500mlサイズ。ふとみると普段はアイスを入れているハズのおなじみ横型冷凍庫にはお茶のペットボトルが。今日は普段飲まない(飲めない)ビールも美味そうに思えた程。しかしなあ…この水を飲みたいと思って亡くなった方がここには大勢祀られているんだよな…と灯籠のフチに腰掛けながら感慨深く。ふとみると売店すぐ外にあるロッテの自販機があるあたりに旧日本兵の姿が。

(軍服姿のかたと靖国そば。味は濃いめ。靖国そば画像は去年参拝したときのもの)
境内のあちこちに旧日本兵のコスプレをした人がいる。睦月影郎氏のような軍服愛好家なのかしらん。どちらにしろ、彼らなりの方法で哀悼の意を表しているのだろう。去年は海軍兵も見受けられたが今年はあえなかった。
←右側の人物はハーモニカ演奏者である。暁に死す、海ゆかばなどを去年は演奏していた。私が通りかかったとき「ふるさと」を演奏中。うーさーぎー…というあの物悲しいメロディが哀愁をかきたてていた。

なにかメールが来ていたりするがどういう意味か三回読んでもわからなくなってきたので、とりあえずいったん外へ出てどこか店に入ることにした。坂を下りている途中、アジア人らしき男性からビラを手渡される。

九評共産党???となぜ打倒中共を唱える団体が靖国に?と煮えた脳みそではさっぱりわからない。(ntさんのコメントを読むとどうやら法輪功大紀元のようですね。ntさん、いろいろとありがとう御座いました。)

小泉総理は来なかった。そのことの意味をサブウェイで受け付けない胃に無理矢理サンドイッチを流し込みながらしばし考え込んでいた。

靖国は変質したのではないだろうか。

私は拝殿へと向かう参道の、長くウンザリを通り越して無感覚になる程待たされた参拝客の列を思う。
私の後ろは若い男女のグループだった。おそらくは10代後半から20代前半もいいとこだろう。盛んにはしゃいでいた。その甲声が耳につく。私の隣にはかなり高齢と推察される腰の曲がったおばあさんが、人に当たらないように、持参した日傘を高く差し上げてじっとしていた。きっと身内の方が祀られているのだろう。そのたたずまいから参拝がおばあさんにとってごく当たり前で自然な行為であることがよくわかる。静かに日傘を掲げるおばあさんの姿と、嬌声をあげ人の悪口を話し続けている若い男女との対比が実に印象的だった。世代の断絶とは違った意味での隔絶がそこにはあった。本来、祖先から我々へと地続きであり、そして神社仏閣は世代間の架け橋となるべき存在でもあるのだが、私は参道で遭遇した淡々としたおばあさんの姿と、妙に高揚した様子の若い男女グループが地続きであるとはどうしても思えなかった。あの場で靖国は地続きの手助けたり得てはいなかった。その地続きから完璧に乖離してしまったとき靖国はヤスクニへとなる。

昔、例の右翼の友達と話した際「靖国は“ヤスクニ”となってしまった」と呟いたことがあった。そこには硬直化し形骸となりある種の権威となった、本来イデオロギーとは無縁であるはずの『祈る場』からかけ離れた“ヤスクニ”があるだけだ。靖国神社へ向かう途中のおじいさんの言葉を思い出す。「知らない世代が増えた」どころではなく実際は皮膚感覚ではもうファンタジーに近い状態となってしまっている。戦争は遠く離れ過ぎた。それがこの変質なのだろうか。沖縄では誰もが自然にウヤファーフジ――ご先祖様に手を合わせる。それと同じ感覚であの場所にいた若い世代たちは果たしてどれくらいなのだろうか。そこここで見受けられたあの妙に高揚した様子を思い出すといささか暗い気持ちになってくる。大事なのは『東京だよおっかさん』で唄われた「兄さんに会いに九段の坂を」というあの感覚であるはずなのに。政治的なものとラディカルに絡むことを他者とのある種の差異とする自意識の発露を若さ故と思うのは簡単だが。だがその空気は私にはあまりにも苦かった。

ふと前をみた。

最初は親子連れか?と思っていたがそれにしては年齢差が有りすぎる。漏れ聞こえる話の内容からすると、どうやら参拝にきた年配の夫婦がどういう経緯でかは不明だが、同じく参拝した少年達と仲良くなり自分たちが体験した戦争の話を語っているようだ。実に和やかでいい雰囲気だ。ヤスクニが靖国に戻った瞬間を、私は見た。

真心ブラザーズの「Endless Summer Nude」が心に残る。今日はそういう一日だった。

※当日の参拝客は20万5000人だそうで、過去最高ということでした。
暑い中20万5000人の中の一人となった皆様、お疲れさまでした。

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2005年8月15日 (月)

現在の靖国通り【靖国神社現場から中継です】

サイレンもならず静かなものだ。靖国神社周辺には警察車両はもちろん右翼の街宣車が止まったり走ったりと物々しくはある。時折流れるあの懐かしい街宣車メロディー同期の桜。しばらく九段下にあるサブウェイで休んだが数字が覚えられないなど少々脳の沸騰加減がヤバめにつき、いったん引き上げ。お疲れさまでした。

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コスプレイヤー?【靖国神社現場から中継です】

あちらこちらに旧日本兵がいます。

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参拝おわり【靖国神社現場から中継です】

外ではこんなことが。哀愁漂うハーモニカ演奏です。

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ようやく【靖国神社現場から中継です】

神殿近くです

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遙かなり【靖国神社現場から中継です】

まだまだ遠いよ

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A級戦犯と戦争責任【靖国神社現場から中継です】

今朝、右翼街宣車の音声で目が覚めた。こういう政治的にラディカルな日にふさわしい幕開けといえる。
あの日も蝉の声が降るようであったと聞く。本日の境内もそんな感じだ。
参拝するための列に並びながらふと考えた。
東京裁判が行われたことにより東条英機はA級戦犯となった。しかし彼らA級戦犯といわれる人々だけが本当に悪かったのか。戦争責任は彼らだけのものか。否。断じて否。彼らを選んだのは我々であり戦争へ進むことをよしとしたの我々ならば戦線へ向かう兵士に旭日旗を振ったのも我々である。つまり我々こそ戦争責任を負わねばならないのだ。
しかし東京裁判において戦犯を認定することによって、我々の罪は彼ら戦争犯罪人へと肩代わりされ、我々は被害者のように目された。こうして行われた被害者と加害者という安易な二元論的区分けは、第二次世界大戦における“戦争とは責任とは”という命題に対し思考停止状態を産んだに過ぎないのではないか。私は東条英機をA級戦犯と罵ることはできない。(そもそもA級戦犯という区分けに何の意味があるのか、糾弾する人たちはご存じなのだろうか)東京裁判は日本人が自らの戦争責任について考えることをその機会を永遠に奪い去ったような気がする。ただ加害者であるからといって、謝罪し続ければよいのか、ということではないとは思うが。あくまでもこれは個々人に帰依する問題であり、國として戦争責任をどう捉えるのかという問題とはまた別である。

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参拝するまでが大変【靖国神社現場から中継です】

昔大晦日に明治神宮へいったことを思い出す。それくらいの人ごみ。13時になっても無理そう。動かざること山の如し。
参拝客は高齢者が多い。若い奴は妙に気合いの入った肩に力はいってるケースが散見されるのに比べとても自然だ。

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英霊に献花を【靖国神社現場から中継です】

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旧日本兵登場【靖国神社現場から中継です】

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YTNってどこの国のテレビ局?【靖国神社現場から中継です】

リポーターのテスト様子だと中国語みたいだったけど。

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サイレンが鳴りやまない【靖国神社現場から中継です】

外に比べ境内は穏やかだ。案内チラシを今時珍しいマルコメ少年が配っていた。式典も行われている。

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毎日新聞無料配布【靖国神社現場から中継です】

毎日新聞が特集号を無料配っています

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逮捕者一名【靖国神社現場から中継です】

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怒号飛び交うデモ隊【靖国神社現場から中継です】

警官隊に守られてる左翼デモ隊。日本遺族会はー参拝を辞めろーというところまでは聞き取れました。現場は騒然。

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靖国乱闘編【靖国神社現場から中継です】

早速です

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2005年7月18日 (月)

(グロ注意!)みたままつりで考える。


ミッチェルが手術のため、入院することが決まった日、わたしたちはみたままつりにいった。しめっぽい気分を吹きとばそうぜとお囃子に誘われて。夕闇と夜の中間あたりの時間帯は、夏の場合、まだ陽射しに力がある。

境内は大変な人だ。

最近の屋台は実に国際色豊かである。ちょっと見ただけでも、

このほかに、ドイツソーセージ、シャーピン、おなじみドネルケバブなど神社の祭りで国際交流できるようになっている。なんと便利な時代となったことか。その中で

なぜか宇都宮餃子が。

人が集まっている屋台は、和牛串焼きなどの肉系、じゃがバターなどの定番、ゲーム系。中でも印象的だったのは、飴細工の職人さんの見事な手さばきに感嘆し、周囲を取り巻く人々の群れ。和洋折衷、新しきものの中に古き良きモノがある。その混在が屋台文化であるのだろうか。小玉すいかをまるのまま水につけて売っている店があり、どうするのだろうと思っていたらちゃんとふたつに割って販売していた。浴衣姿のお姉さん方が二の腕むき出しでかっくらう姿はなかなか壮観であった。

さすがに靖国神社らしく、境内は屋台で埋まっている。参道の両脇びっしりである。 ただ閉口したのは、ある地点を通過する際、かなりの悪臭(反吐のようなにおい)が漂ったこと。これにはまいった。どこかの店の食材が腐ったのだろうか。あの地点の屋台はかなりの売り上げダウンだろうと察せられた。

一応時流に乗って、小泉総理大臣の提灯を見に行った。

さすが古賀センセイ、ヌケメナイですな。

その近くにはコンナ提灯が。解脱会?

 境内を散策しているウチになんとなくヘンな気になってくる。それは苛立ちにも似たヘンさであり、つらつら思いめぐらすに、どうやらそこここに生息する浴衣女子の凄さに端を発しているのがなんとなくつかめてきた。浴衣姿で外股歩きは当たり前だし(親は教えないのかね?)、あまりよい浴衣地ではないのか、変に皺がよっているひと、サイズが小さすぎておはしょりがオカシナ具合になっているひと。普通の浴衣に兵児帯(よく子供が締めるふわふわした帯)を締めているひとにいたっては癲狂院から脱走してきた患者のようですらある。これはおそらく彼女たちの親世代が正確に和服なるモノを伝達できてないということを明確に表している。文化の断絶を感じた。大げさにいえば旧仮名遣いが読めなくなった時点でこの路線は想定の範囲内といえるのかもしれないが。まあそれはともかく、布巻いて帯締めりゃ浴衣になるってモンじゃないぜってことだ。

売られる靖国の鳩や

なぜか側溝に落ちていた人形?を見付けたり。時間はすぐ過ぎてしまう。境内は屋台のにおい、人いきれ、体臭などでさまざまなにおいが混沌未分となって充満している。このカンジは嫌いではない。においのただ中にいると、懐かしい思い出が喉まで出かかっているような、未満的気分を味わえるような気がする。

ふと聞こえた口上にひかれ、見せ物小屋を見に行く。

この怪しげな装飾、怪しげな香具師、怪しげな煽り文句。雰囲気十分である。私が初めて見せ物小屋に入ったのは、ここ、靖国神社だった。あのときは「獣人お峰太夫」がかかっていた。河童、牛の奇形(アタマが二つあって胴体が一つというモノ)手品等々。どれも強烈だったが、とりわけてアレだったのが、蛇を鼻から入れて口から出しているおばさんの渋い顔とお峰さんが蛇を生で逝っているところ。今思い出してもあじわい深い。そんな楽しい過去よもう一度、ということでひとり600円払って(後、これが大枚であったことを思い知らされる)小屋にはいった。

(以下グロテスクな画像が含まれます。ニガテな場合避けてくださいませ。)

 中の舞台には赤い着物を着たおねいさんがひとり、口上を述べている。どうやら鎖を利用してなにかをするらしい。
最前列にいた馬鹿ふたりが、堂々とキスしたりといった破廉恥行為を。おねいさんにさりげなく注意されてました。当たり前だ。場所を考えられない知能の方が見せ物なぞ楽しめるのだろうか。まああまりにも小屋の中が蒸し暑かったのでなにか誤解されたのかもしれません。ビバ!パッション!そんなこんなで口上は続き、いよいよショーがはじまるのです。


鼻に入れてます。これをどうするのでせうか。


はい!見事口に通しました。パチパチパチ。こういう状態でもおねいさんは笑顔で口上を続けます。素敵ですね。この後鎖を利用して、水の入ったバケツを持ち上げます。さすがに痛そうだったので、画像は撮れませんでした。お客さんの拍手でおねいさんも苦労が報われたというものです。
スルッと外すと、次は袋から取り出したる蛇。これを利用して生食いです。

遠くからではなにがなんだかわからないので近寄ってみましょう。


今回も豪快にばっくりいってます。「少し硬かったですけど」とはおねいさん談。しかし蛇には寄生虫がおりますので、シロウトの方は用法用量を守って正しくお使いくだされたく。

ふたつ出し物を終えるとおねいさんは「二部にうつります」と舞台をおりた。入れ替わりにバンドメンが登場。ギター、ドラム、エレピ、ベースというシンプル構成。ギターのお兄さんはどうやら裸のラリーズ・水谷さんを意識しているようですね。狙いすぎて別方面へ逝っている気がしないでもないですけど。音あわせだか場つなぎのメロディだかわからないリズムっぽいものがしばし続き、退屈しかけたところでダンサーズが登場。



ダンサーズのストリップショー、フレンチカンカンでもはじまるのかと思いきや、↑この下の写真、左端にうつっている女人が中央に登場し、歌謡ショーが始まった。真っ赤にもーえたー♪まで聞いたところで我々は退散。これほど600円が高いと思ったこともそうはない。

おそらく目指すところは60年代後半から70年代にかけてのアングラ、雰囲気としては懐かしの状況劇場・紅テント、天井桟敷あたりのイメージなんだろう。しかし金がなかったから、とかなんとかではない、別な方面でなにか非常な勘違いをしている気がした。それは先に書いた浴衣女子と同じような間違え方、ともいえよう。見せ物小屋がもつ表層のみを撫でさすったような物足りなさ感、特にバンド演奏のところなど、みていて尻の穴が痒くなるような思いがした。だいたい観客が見たいと思っていることがわかってないのではないだろうか。客が見たいのは巧いのか下手なのかわからんような歌謡ショー(大西ユカリと新世界の劣化バージョンみたいな)ではなく、でっかい板に血糊塗った「大鼬」であり、トリック丸見えのろくろっ首、そういう本来の見せ物小屋がもつ猥褻感、うさんくささ嘘くささであり、それは口や看板に書けば醸し出されるモノではないのだ。これがお峰太夫の芸なら1000円払っても高いとは思わない。こんなツマランものを見るために600円だしたわけではないのだ。私はふと思い出した。以前、丸尾末広の少女椿をアニメ化したことがあり、その上映方法もかなり凝っていた。まず興行場所として、神社の境内にテント小屋を仮設し、上映までは、奇形写真、チープさマルダシの生首といった見せ物系、あるいは火吹き男といった大道芸といったいかがわしさで盛り上げた上、小屋へ誘導する。そこには本来の日陰者としての退廃が確かに息づいていた。今回、この様な形で見せ物小屋と遭遇したのは、不幸であったという他はない。

暗い気持ちで外へ出る。参道には神輿がでていた。威勢のいいかけ声、溌剌とした空気。わたしたちは行き過ぎた後も、ずっとみていた。 

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2005年6月 6日 (月)

ウグイス嬢になる

というわけで、ウグイス嬢になりました。

なんでそんなことに、といわれれば、大昔の衆議院選挙事務所のボランティアをしたその際に知り合った方がおりまして。その時ウグイス嬢や事務所の電話取次ぎなどをこなしていたのを見られてまして。今回、もう一度やりません?とお声がかかった次第です。ツテたどりですな。ちなみに女声をウグイス、男声をカラスというそう。ミニトリビアでございます。

もともと三越の館内放送修行などをしていたりして、声の仕事は嫌いじゃない。街宣車に乗ってニコニコと手を振るのも、まあ悪くないですな。その程度のお気楽さで手伝いに行ったわけ。このお気軽さと身の軽さがいつもトラブルを招いているような気がしないでもないけど。

その知人A氏と待ち合わせ選挙事務所にハジメテ行ったのが6/11。午前10時頃待ち合わせ場所に赴くと、日焼け気味の、スーツを着たデカいメガネ姿の男がたたずんでいた。A氏だ。かなりすっきりした面持ちとなっている。いやあ、体力勝負だからねえと精悍な顔立ちで語る。私は、適当な格好で来たことを申し訳なく思った。道すがらA氏よりウグイスの内容のレクチャーを受ける。今までの活動報告として、公共施設のバリアフリー化を進めたとかその辺のことを中心になるべく名前を、ということだった。マニュアルを読み、だいたいこういう感じかなるほどと話すうちに事務所に着く。

中は机といすが散乱しており、中にいる人間が個々にでかい声で話しあう姿をみると、当たり前の話だがすでに、トップギアに入った状態であることを物語っていた。コンクリ打ちっぱなしの壁、小さな台所がいかにも急ごしらえである様子を伝える。とりあえず真ん中に座るスーツ姿のヒゲ親父に挨拶し、すみっこの方に腰掛けて指示をまつ。毎度ですーすみませーんと後ろから声がかかり振り向くと天珍楼とかそのテの中華料理屋の名前が入った岡持ちをもった店員が立っている。え!?と思っているうちに、そのへんの机の上にどかどかどかとカツ丼が置かれる。朝イッパツ目がカツ丼か…いやいやお断りしようと思っていると、私の前にもどんとばかりに置かれる。候補者予定のご家族と思われる女性が無表情に「食べてね」。断るすべを私はもっていなかった。中華料理屋のカツ丼は初めてだなと思いつつそんなに味に差があるわけではないなとも思う。食い終わって流しに器を置き、隅のほうでおとなしくしつつ、がやがやうるさい机を見ると何人かが本日の予定について話し合っている様子。まだ決まってないのか…と段取りという言葉の意味を考えながらなおもボーッとしていた。するとそのテーブルから、魚眼レンズで上から見下ろしたような顔立ちの女性がやってきた。私とかなりの至近距離まで接しつつ(キスなんかしたくねえよ)こんなことを伝えてくれた。曰く「なんて聞いたか知らないけど、もう今日は帰っていいから。」え!?と一人孤島へ流刑にされるような思いに駆られながらも、あの…と尋ねようとすると重ねてぴしゃりと「ああ、ここにね、書いてね、予定表。わかる?大丈夫?今後来られる日を書いてだしてくれればいいから」彼女の短く切りそろえられた髪が私の頬を撫でる。魚テイストの口臭が麗しいゼまったく。
女性が去った後、とりあえずヒゲ親父と歓談中のA氏へメールする。「帰れっていわれたんですけど」A氏はちらと携帯を見た後に、目でそこにいてくれ、とうなづいた。へえへえ。まだいますよ。つまみだされるまではね。
帰れって言われたしなァとミッチェルや総帥にメールすると、こんなオモシロネタを見逃すはずもなく、新宿で待っているわ、とご唱和いただく。さてそろそろ辞去するか、と立ち上がると、皆も立ち上がる。なんだかよくわからないうちに正午を過ぎていた。ハイヌーン。つまり決闘の時間ってわけ。
ぞろぞろと街宣車まで歩き、「ハイ乗って」と。私ですか?あの帰れって…ともごもご言っているうちに車に乗せられ、かててくわえて今度は例の魚眼女とベテランのウグイス嬢という方が乗り込んでくる。なんだかよくわからないと岡本太郎みたいになりたいが、そういうわけにもいかず、そうこうするうちにA氏が乗車し車は出発する。向かう先は約束の地だろうか。
まずはベテランウグイス嬢がボイストレーニング代わりといったん感じで一説ぶつ。まあ素晴らしいわと皮肉はヌキで感動。聞きやすいなあナルホドと思っているとマイクを渡される。魚眼女から。「練習しなきゃだめよ。今日はアナタの練習のためにこうして車出したんだから」いやアタシはもう聞いてないっすよ勘弁してくださいよ、とあたふたしているそこにA氏が頼むよとマニュアル渡すし。もうマイク握ったらちんぽちんぽ連呼してやろうかと。
まあそんな度胸もないアテクシなので、おとなしくマニュアル読み上げ動悸息切れ激しく救心タノムと思いつつどうにかこうにか噛みながらも役割こなしたりして。うまいじゃん!と魚眼女とベテラン嬢。先ほどとはうってかわって優しい対応。実力評価主義って別に会社だけじゃないんだなと実感。社会システム上どこだってそんなもんだ。
魚眼とベテランを降ろした後は(魚眼にはまたも第一次接近遭遇されたが)A氏ととともに地区回り。まあああいう人はクセがあるから早く慣れてねっておい!この先ずっと要員として組み込まれてますかそうですか。こんにちは~と道行く人に声をかけ笑いかけるとあちらも手を振ったり振られたり。異文化コミュニケーションなのか。違う気がする。約3時間で修行は終わった。たくぼん総帥とミッチェルと新宿でおちあい、喫茶店でメガネ男性の良さについて熱く語れば雷ひかり、機銃掃射のような雨。まるで私の行く先を象徴しているよう。げんなりしつつもう少しやってみたい気もするから不思議。ミッチェルとオペレッタ狸御殿を見、薬師丸ひろ子の歌声に癒され、カラオケで発散すればもうおうち。帰れば即寝。夢うつつの中でなぜか脂料理づくしであった気がするのはなぜだろう。

××のみなさま~こんにちは~コチラは~××、××××でございます~という私の声が聞きたい人は個別対応しますので、メールでもくだされたく。ただし、消費しつくされ焦土状態かもしれませぬが。よろしく。

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2005年4月 4日 (月)

かなまら!デカ魔羅!【かなまら祭りその3】

その1(http://blog.so-net.ne.jp/pussycat/2005-04-03
その2(http://blog.so-net.ne.jp/pussycat/2005-04-03-1)より続く

さて、とうとうこの時が…。ぴんくいろに輝く猥褻物陳列罪間違いなし動くシンボル日本の希望かなまら神輿のご出立です。


↑タマの部分が緊縛されているのがイイっすね。マニアにはたまりません。

しかしこの「かなまら神輿」。みればみるほど

この方そっくりです。ぴんくいろのダースベイダーですな。「あいむ ゆあ ふぁーざー」とか言ってくれないかしら。ダースベイダーのデザインはちんぽ由来だったわけです。ちんぽ無敵なり。

 「かなまら!でかまら!」

担ぎ手はニューハーフのおネエさまと外人のおねいさん(マジモノ)。おネエさまたちは「かなまらッ!でかまらッ!」と叫び、外人さんたちは「Yeah!!」とグルーヴしながら(いささかヘンなノリになってましたが)善良なる街を練り歩きます。恰幅のよい外人ねえさんたちとゴツいおネエさま方とのタッグチームは、これからの国際社会において、ひとつのモデルケースとなるのではないでしょうか(WBS風に)。子供は恥ずかしがる様子もなくにこにこしてみてます。桃色の巨大なナニがぴょんこぴょんこのし歩く姿を見ると、腰が抜けそうになりました。視界に侵入した途端あの“肯定の大爆笑”をせざるを得ないド迫力。すンばらしいです。周囲も爆笑、実におだやかなイイ雰囲気でございます。思わず手を合わせて拝みました。ああこれできっと今年一年安泰に過ごせることでしょう。後ろに付き従う山車のイラストもまたイイカンジ。
ざ☆ちんこ!(稚拙さがイイ!)
チンポちんこティンコづくしの明け暮れですので。

ちなみにロイターからも←記者が派遣されてきてました。取材した結果は是非世界へ配信し、このすンばらしい祭りを知らしめてほしい。実によい経験をしました。とにかく不況ニッポンを打破するのは魔羅パワーしかありません。お宝勃て!全国の男根よ屹立せよ!ビバ魔羅!エンジョイちんぽフェスティバル!かなまら祭り万歳!

帰ってから勢いで久しぶりにセクースしました。いやーかなまらパワーは偉大だな。なんだかよくわからないウチにずっぽりイッてましたから。でも早漏は治らなかったみたい…。早漏には御利益なくても包茎がお参りすればその場でズルズルっとムケチンになるやもしれませぬ(テキトウ)。まあとにかくザンネンムネンロクネンサン、っと。

これからもちんぽとまんこにこだわりぬいたブログにしていく所存です。
皆様どうかよろしくお願いします☆

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2005年4月 3日 (日)

右を向いても左を向いてもチンポだらけじゃありませんか【かなまら祭り2】

その1(http://blog.so-net.ne.jp/pussycat/2005-04-03)より続く


芋を洗うような中をなんとか歩くわけです。しかし外人さんなんかが↑こんな風に仮装して陽気にはしゃぐのはいいけど(おネエさま方がわはははと楽しそうなのもよし)、野村沙知代3歩手前や沙知代に片足つっこんでいるようなおねえちゃんが、ぎゃーぎゃーはしゃいでいるのは痛い。やーだこんなのー☆といいながら地獄の悪鬼も裸足で逃げ出すようなツラで魔羅に抱きついたりすんな。時折「ちんちんシュッシュッ」という声なんかが聞こえ、ちゃんねら率もかなりだろうな(男でメガネでデカいデジカメでっていうのはまず間違いないだろう)と実感。イソターナショナルな空間です。

絵馬殿へ行く。またここがパライソ(私にとって)なんだな。だって
こんなのや

こんなのや



神様までちんぽ…


こんなのがもうあふれまくりなわけですよ。まさしくちんぽ桃源郷。チンポづくし。発狂するかと思いました。このお猿さまの言うとおり、やらざるです。安易にやりまくりはやめましょう。

←ご神体のレプリカ。ご神体がコレだもの…。まさに魔羅の聖地。ちんぽ天国。WAY TO THE マラ!すべての道はマラに通ず!夢のような世界です。

さていよいよ御神輿の登場ですよ。


みれば寿命が3年は確実に伸びそうなくらい神々しいお姿です。「かなまら舟神輿」でございます。


これが「かなまら大神輿」。実に素朴純朴な姿です。童貞の神といった風情が漂ってます。


みよ!この堂々たる姿。これが「エリザベス神輿」でございます。インポも即勃ちの勢いです。実に立派。ちんぽの守護神ですね。

そしてなぜか

マジンガーZも登場。後ろの方で「魔珍ガーだな がははは」と丸坊主メガネ若巨漢がのたまってました。金言はこんなところにも押し寄せてますね。


そういうわけで魔珍ガーZとエリザベス神輿です。なんのことやらわかりませぬな。陽光あふれる中、反り返り照り輝くかなまら神輿たち。それは我々の常識を超えたパラダイスムードむんむんの極上空間を醸し出します。意味もなく“ちんぽは大事にしよう”と決意しました。ちんぽ偉大なり。

さていよいよ神輿御霊入れ式も無事すみ、かなまら神輿出陣でございます。

(その3http://blog.so-net.ne.jp/pussycat/2005-04-03-2へまだまだ続く)

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ちんぽだワッショイ!エンジョイでか魔羅フェスティバル!【かなまら祭り1】

うららかな春の日、私とビッチェルは20万hit記念ということで、ある祭りへと参加するために神奈川県川崎まで馳せ参じたのであります。まんこ公園にいったんならやっぱり行かねばなるめえ、かなまら祭り。麗しのエリザベス神輿を一目見るべく、神奈川県川崎まで馳せ参じたのであります。今日はちんことまんこの狂乱なのです。

うららかというよりも暑い。うっかりコートなど着てしまったビッチェルはひーひーいってたり。川崎駅から歩きでいくつもりで、うろうろとしていたらそこかしこにひっくりかえっている人たちが…。公園で日光浴しているノリでした。公衆便所が風呂になっていたり。
なんとか無事若宮八幡宮まで辿り着くと、もう人人人。周辺には人があふれてました。中へ入ると、体を動かすのにも苦労するくらいのにぎわい。外人さんの割合がかなり多い。(あとニューハーフのおネエさま率も)そして何故か禿頭率も激しく高い。驚きの連続です。しかしこんなことで驚くのはまだまだ早かったわけで。

境内のあちこちには


↑こんなのとか(“腰で乾杯”とは越乃寒梅とかけている?なかなかのゆーもあせんすですな。)

 こんなのや
 


こんなのとか。ちなみに売り子さんは

 でした。
実にイイ感じです。股ぐらちょちょぎれる勢いです。

さてまだ御神輿が練り歩くまで時間があるので、境内を散歩することにしました。(といっても非常に狭い。)
年に一度の大祭なのでこのような和太鼓でもりあげたりしています。


せっかくなのでフランクフルト喰いました。ビッチェルは喰わず。「共食いになるじゃん」とイヒヒ笑い。見栄はらなくても知ってるんだよビッチェル…。


↑この木造のナニに女性をのっけて記念撮影(カメラ小僧や外人さんの記念撮影やら)するのですが、仕切るおっちゃん(ハッピきた人)が「舌で舐めろ」とかなかなかエグい煽りをします。

台に乗ってまで撮るなよおっちゃん…。


そういえば昨日新宿ディスクユニオンで「シンボル・ロック」(歌:梅宮辰夫)が偶然流れてました。シンボル~シンボル~男のシンボル~♪寝ぼけてないでおきておくれと今日も励ます2DK~シンボルちゃーん頑張っておくれよ~っ♪という哀切な歌です。頑張ってくれ、シンボルよ。

実は幼稚園が併設されている若宮八幡宮。イイかもしれません。ちんぽって恥ずべきモノじゃないし。小さい頃からこういうカタチで性教育を行っていれば日本もまだまだ捨てたモンじゃないかも。
(エリザベス神輿の登場は次回http://blog.so-net.ne.jp/pussycat/2005-04-03-1へ。
続くぜハニー)

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2004年11月 5日 (金)

大学は出たけれど(職安は今日も満員)

如としての大復活でございます。

鬱々としてしばらく「泣かずにはいられない」を聞いちゃ泣き、浅川マキのセントジェームス病院(破壊力で言えば、素人がモハメドアリの右ストレートパンチを真正面から喰らうレベル)を聞けば、もう人生は終わったとてオイオイと泣く、という、冷静に見れば痛いことこの上ない日々を送っていたのですが、もう復活。彼氏のすね毛抜きまくりな毎日でございます。TBCいらずでいいですね。

ヘッドフォン無事買いました。移動用とジム用と家用と調子に乗って3つも購入。(だって新星堂、本日ヘッドフォン購入時表示価格より10%引きだったんだもん。)こんなことだから結婚資金たまらないのよね☆まあそれを、結婚できないしない言い訳にしての、?十路な今日この頃です。

今回購入したのは、ソニーMDR-A35SLMDR−G94NCオーディオテクニカATH−F33っす。
ちなみに移動用がソニーG94です。なんつーってもノイズキャンセラがいいですね。あんまりよいことではないと思いますが、例えば自転車に乗ってプレイヤーを聞く際に、ノイズキャンセラの意味がわかります。キャンセラにしないと風がブワブワ聞こえて音がよく聞こえないっす。隣にも音漏れしにくいみたい。クリアな音声。
それに比べるとオーディオテクニカF33はこもった感じがします。あんまりいいとは言えない私の耳でもわかる。家で聞く分には充分かな。ただ長時間聞くと耳が痛くなります。外で聞くのはやっぱりいい音声の方がいいな。しかし、このG94、いいときはいいんだけど、駄目だとしょっちゅう耳からずり落ちてしまう。頭の形に合わないといらいらするだけですね。髪型が気にならないっていえば聞こえはいいけど…ああいうカタチは考えものです。
ソニーのA35は以上二つに比べれば、ちょっとがっちりした作りにした硬いイヤホンみたいなノリです。
ジムで聞く分には安定性に優れているし、あんまり目立たないので充分です。

さくっと買った後は、一ヶ月に二度の職安通いのため、帰りがけにちょっとよりました。
失業保険は求職活動をしないと貰えません。当然ですが。それが最低一ヶ月に二度行わないといけません。
求職活動にもいろんな方法があるけど、一番イージーなのは職安でパソコンや求人案内閲覧による求人情報検索。使い慣れてるPCにて早速検索を…と行ったら、もう私で100台ほどあるPC定員締め切りでした。
待ちもでてます。情報誌や求人案内にもたくさんの人がいます。
就職相談窓口にも。もうすぐ12月だしなあ…と眺めるともなく周囲をみてると、
背広のおじさまとかちょっと赤ら顔のガタイよい系とか、ありがちな方にまじって、実に多彩な方がいらしてます。
ラスタマンを満喫中のようなにいさんとか、「働いたら負けだと思っている」ニートっていうんですか?
順番待ちでもなさそうに、ボーっと座っているだけで、あんまり緊迫感のない人とか。
あとブランドバック片手にこれから銀座にご出勤?みたいな方もいます。
秋葉系住人の方はお見受けしませんでした。
パーテーションで区切られた狭いコーナーに陣取り、あんまり期待なく求人検索していたのですが、池袋にある某百貨店の電話交換手、ていうのがありました。電報センターからはじまり、某○ICOSでの問い合わせ受付等電話の仕事なら慣れたモノ(それしかやってないともいえる)なので、ちょっとみると、なんと「館内放送」も仕事内容にあるじゃないすか!!!!。あれって一度やってみたかったんだよなあ。
というわけで来週月曜早速求人票もらって面接行ってきますー。
あー、でも年明けから元の仕事に戻るような、戻らんような…

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2004年8月15日 (日)

それはまだ終わらない。戦後は続く。(8月15日靖国神社参拝記 その2)

前回より続く)
就館は遠目からでも混んでいそうだったので、
とりあえずお茶をすることにした。

ちょっとイイ感じのTシャツが、ボディに着せられて、参道に、ぽんと置かれていた。後ろには、机をしつらえて、そのTシャツを着た中高年の方が、資料配付と署名依頼をしている。どうやら例の、合同戦没者追悼施設設立に反対する会が、Tシャツを作成、販売しているようだ。Tシャツを購入することによって、その会に寄付をすることになるのだろうか。Tシャツはその大日本帝国系デザイン性により、購入をためらわれるが、設立反対の趣旨には賛同するので、資料を頂こうと近寄るがスルーされてしまう。やんぬるかな。仕方なくそこを去り、もの悲しいアコーディオン響きと、それとは対照的な、朗らかな軍歌流れる食堂に行く。

そこは土産物売り場も兼ねていた。

早速知り合いに頼まれたカミカゼはちまきを購入。
中は黒服連と、遺族らしき参拝者、(前述した歳取って太った浅野忠信にも、ここで出会った。)そしていわゆる金髪、謎のジャージ姿といった方も多い。理論派は黒服、実行部隊はああいう感じの方なのだろうか?ここでも黒服の方々のイケメソ率に驚く。
(知り合いの、若手右翼活動家に上記の話をしたところ、ふん、と鼻で嘲笑われてしまった…。)
Photo 小さな子供達も縦横無尽に走り回る。居場所を確保するにも苦労するほど。歓声とどよめき。笑い声。大変にぎやかだ。外にはちょっとしたベンチやテーブルがあり、そこに陸海空軍のコスプレイヤー、アコーディオン弾きが集まって軍歌を詠唱していた。

Jihanki 気になったのは、その食堂の外には自販機が並んでいるのだが、靖国神社にもロッテの自販機が…。 まあ、企業に国境はないわけですが。

コスプレイヤーも混じり、軍歌、いよよ朗々と響く。

Yasukunisoba靖国そば、というのがあるので注文する。見たところ肉そば?のようだ。一般の肉そばと違うのは錦糸卵がのっていることか?そしてその味は舌にがっつりと濃い。
私の横に、乱れたソバージュヘアのいかにも姐御然とした方が、座る。すかさず、若い衆といった風情の黒服の方が、ライターの火を彼女の前にかざす。いかにも当然と言った様子で泰然と紫煙をくゆらす姿に、内心、すんげぇとこにきちまったなぁ…と実感す。

絵馬をみることにした。

英霊の安らからんことを、といった正統派がまず目につく。と、中に、以前良く朝生にでていた某ライターさんの同姓同名を発見。同じ日に2枚、あるいは日を変えて…と、何枚か奉納されている。太平洋戦争について、あるいは、戦後の歩みについて書いてあったりする。が、その大量奉納の意味はよくわからない。

意味不明な絵馬も多い。

「女友達ができますように」と大きく書かれた後に、ごく小さく「英霊の安らかな眠りを…」ととってつけたように記したモノや、「夫の浮気が直りますように」といった、上に記したような’遠慮’が全くないモノ、ひたすら何校も何校も記した合格祈願モノ、北朝鮮が不審船で領海侵犯をしてます、といった報告モノ、日記のように自分に起きた出来事を記しただけのモノまでいやいや、それはもう百花繚乱です。中でも一番良かったのは拙い字で「お兄ちゃんの亀が長生きできますように(-人-)」と記したモノだった。

時間は夕刻にせまっている。

遅れてミッチェルがきた。

彼は思想的には左なので、参拝はしない。
そういう姿勢はどうかと、日本国のために戦死した人々を祀っているのだから、参拝はすべきだろうと催告するが、聞き入れない。仕方なく、参道をうろうろしながら、追悼施設はいらない、いやいる、などと議論をしていると、戦闘服的ゴス系の格好をした3人組とすれ違った。ああいう場所ではきっちり軍服を着た方が、かえっていいような気がする。
なんだか変に浮ついた感じになり、御霊に失礼ではないか!と黒服の方々に、カツをいれられやしないかと期待、ではなく。などと雑念を抱いていると、手水を使っているのは、完全なおねえちゃん服を着たキャバクラ出勤前によったのか?というような唐突な集団だった。よくみると、カメラマン、ライターらしき人もいるので、取材らしい?ことはわかる。しかしその取材に、なんの意味があるのかはわからん。サブカル系雑誌得意の異文化交流だろうか。

来年は終戦60周年か…。形骸化している左翼陣営がどこまでやるか、また見に行くかな。そして皇国の礎となるべく、戦死された御霊の安らからんことを祈るために。また。

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右翼殿、そこのけそこのけデモ隊がいく。

2004年の8月15日、靖国神社へ行く。

昨今高まりつつあるナショナリズムの様子と政治状況についてラディカルに考察するため、といった目的ではなく、ウヨVSサヨの伝統の一戦を見に行くためっす。(それはアレとして実は恒例行事だったりするのだが。まあ毎年英霊の鎮魂のために行っているのです)

一頃よりだいぶ両者ともパワーダウンしたと言われますがどうしてなかなか。うなるデモ隊、がなる街宣車、がっぷり四つに組んだガチンコ勝負を期待して。その日は朝からはせさんじるつもりだったが、怠けて昼過ぎ頃になってしまった。しかし結果的にはこれが幸い。家族に車で送ってもらったのだが、靖国通りを進んでいると中央分離帯のuターンゾーンから反対車線より一台の街宣車が目の前にいきなり侵入したきた。危ないな、と思うまもなく後続のパトカーも同じように。そのまま街宣車の前にまわりこみ、急ブレーキを踏み強制停止をさせる。

なんだなんだ、と慌てて避け、そのまま追い越し車線を進行するも新目白通りとの交差点手前にある高速道路高架下までさしかかると信号関係なく前の車が突然スピードをゆるめる。あれ?あれ?と、あっというまに左、後を街宣車で固められてしまった。前は覆面パトカー。最強の布陣である。当然車両通行止めとなり、絶好のロケーションで見物できた。
(トヨタ車はすごいと実感。窓を閉めると、隣でいくら街宣車がわめこうが殆ど聞こえないっすよ)うひゃひゃ!!すっげーぇぇぇっとわめきぱなしっす。
815向かって右には左翼のデモ隊。残念ながら勢いはあまり感じられない。
左翼のデモ隊は多少びびりな がらシュプレヒコールを続ける。くたびれた感じが漂っている。と、左の街宣車から金髪ジャージ系の方が飛び降り、どどどどどどどどっとデモ隊に突っ込もうとする。
警官に制止…というよりは足を払われ地面に転がされると、二番手三番手が同じように突っ込み、警官のするどいタックルに転がされるという光景が続く。警官に取り押さえられる。三番手、までで後が続かないようだ。街宣車は「天皇陛下の…国体護持…おまえらはー」等々とがなりつづける。常日頃、国家権力云々と警察を非難しているのだから、過激派精神を発動して、デモ隊からもマルクス上等と飛び出…さなかった。来ず。ちぢこまるようにして、デモ隊は事態を見守っている。車の前は騒然はしている。だがそれもじょじょに、あたかも潮がひくごとく、少しずつ収まっていく気配を、私は感じていた。

取り押さえられた人も街宣車に収容され、またひとしきりがなると、まるで頃合いを見計らったかのように、交通規制がとかれ、街宣車→覆面?謎の車→われわれの順にようやく発進できた。デモ隊にはおっさんおばさんが多く、正直あまりぱっとしない。半ばお約束とかした横断幕の文字や、服装のあか抜けなさをみるにつけ、やっぱし今どき左陣営なんて流行らないのかねぇ?などと不謹慎な連想をす。

靖国神社付近でおろしてもらう。一人で、まずは参拝に向かった。

神社の中は黒服の、そちら系?人々がいっぱいいる。ちょっと驚いたのはデモ隊に比べ、イケメソ(死語)率が高い。浅野忠信を歳取らせて太らせたような人とか(奥方はフィリピン人らしい?)優男系とか、左翼陣営のブサ率を考えると驚異的だった。

神殿へ行く。

定式通りに参拝し、後にする。私服の人々も多い。あまりふざけた格好は、やはりない。
(陸海空軍のコスプレはいるが。女子挺身隊らしき格好をした太った女子には略)

おまもりなどを売っている社務所付近で、「(・∀・)」のAAが記してある名札をつけた、40歳前後の黒スーツ男性を発見する。見た目からは、ちゃんねらであるとは想像しがたいその男性は、恥ずかしそうにしながら、何人かの年格好が同じような人たちと世間話のようなものをしているようだった。

後編へ続く)

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