ディズニーランド酔夢譚
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ふとおもった独り言を。勝手な心情なんであまり深く考えないでくれれば幸い。
沿道でシートをひき、疲れ切った表情で漫然と座る人々を見ていた。
ほとんどが男性で、まれに女性。いずれも20代後半~30代とおぼしき人々。それらをみながら、私は2500円で各国料理食べ放題というレストランに座り、やがてくるカボチャの山車を待っていた。
今日は初手からついてない。平日だから空いてるだろうと思いきや、まったくもって混雑していて、ちょっとしたラッシュ時電車並の人口密集度を誇っている。よく考えりゃ月曜なんぞ土日の後だから余分に休みを入れている人も多いだろうし。火曜か水曜あたりにすればよかったんだよな、とため息をつく。おまけにゲロ踏むし。ディズニーランドでゲロ踏むヤツもあまりいないような気がする。そういう意味ではまあついてるのかもしれないけど。ハロウィンパーティだそうで(どうでもいいけど日本でそれやっているのここぐらいじゃないかね?アメリカンスクールとかそういうHAHAHA!な場所をのぞいて)あちこちにカボチャ大王のジャックが飾ってある。まあそんな風景が見られるのも千葉県浦安市東京ならではである。
そうこうしている内に、ローラースケートをはいた従業員が前説にやってくる。どこかの独裁国家のように、人々は指示されたとおりの振り付けをおとなしく練習している。これじゃ、あまりあのマスゲームを馬鹿にできたもんじゃない。米帝覇権主義に屈した日本の、民意からの抵抗手段としてのマスゲーム的表現方法がアレなのだろうか、と彼にいう。まあそんなもんだろ、といかにも適当な口調で、目の前におかれた“素晴らしき各国料理”を一生懸命つついている。ミッキーマウスがビッグブラザーに見えたのは、私の性根が曲がっているからなのだろう。
好きか嫌いかでいえばディズニーランド(以下ネズミ国に省略)はどちらでもない。むしろ、そこに行くのは、そういう好悪とは別の部分のような気がする。場所に対してよりも、そこにくる人々に対して興味があるし、どちらかといえば儀式というか。自分を見つめる作業というかなんというか。ネズミ国ごときでそんな大げさなといわれるかもしれないが、いやしかしそれには最適な場所なのですよ。そもそもアトラクション面白し。で、まあこういう人間なんで、行ったらそれこそ責務か義務のように「おまんこちんぽ」を連発するわけですよ夢の国で。そうやって自分という人間の立ち位置を確認するんですな。きゃー☆ミッキーだわ、と群がられているヤツを見ながら、ミッキーの中の人もセンズリするんだよ、ということを自らに言い聞かせる。なんつーか負けちゃイカンと思うのよね。負けたらイカン、と。それはつまり日々引用する根本敬先生のおっしゃるところの「勝敗なき勝負」での「負けたらイカン」なんだけど。しかし今回、3年ぶりぐらいに訪ねたディズニーランドであるが(以下ネズミ国に省略)、久しぶりに再会した彼らは疲れて老いた顔をさらしているようだった。勝敗なき勝負を挑むよりも、なんとなくその体力減といったような状態が激しく気にかかる。おめえが元気ねえとこっちは喧嘩も売れないよ、とねぎらいの声でもかけたくなった。マヌケ美も増えてたし。それは、例えばスペースマウンテンの出口にあるコカ・コーラ社の広告が、色褪せて緑一色で濃淡を表現したようになっていることや、従業員の説明方法がバラバラであったりする点(レストランに入っても説明があったりなかったりした)、アトラクションの人形が薄汚れていたり(薄汚れた人形で演奏されるミッキーマウスマーチにはもの悲しいを超えたなにかがあった)、ひとつ600円「も」するプーさんの顔した風船が合わせ目のところに激しい印刷汚れがあったりする、そういうところに寄る年波が現出していて、どちらかというと年増が少女のような異様な若作りをしているような気がした。それはあの「ジェーンに何が起こったか?」ででてくるあの老女にどこかにていた。まあここは老いも若きもコスプレをしてよいとされている非合法地帯なので、その辺はなにも若作りしてるのはネズミ国だけでもなかったりする。猫耳ブームからか、アレをくっつけて歩いてるヤツが佃煮にできるほどいたが、猫耳というよりも鬼の角みたいになっている輩ばっかりで食傷。どうでもいいがアレしたまま帰るヤツがいるけど、本当にここは羞恥心をゼロにしていい場所なんだな、とつくづく思う。そういうわけで私のような妙な自意識ばっかり先鋭化したヤツと一緒に行くとうだうだと文句を聞かされる羽目になる。文句は言うが楽しんでないわけではない。
それにして、も。相変わらず飯はまずい。この各国料理のビュッフェ形式を謳うレストランは、味付け品数種類全ての面において「ディズニーランドである」という定冠詞がつかなければ通用しない代物である。従業員は笑顔なく、みな疲れていた。今日は特別お客さんが多いのだろうか。がらがらに空いた店内で、ある種の威厳を保つのは、ドールハウス内――北欧にありそうな家具と人形が丁寧に配置されているアレ――に当然のごとく安置された粉ミルクやら飲むヨーグルトの缶の唐突さであったりする。群がる蠅をおっぱらいながら、美味くない料理を粛々と消化していくのは、まったくディズニー的楽曲が脳内で昭和枯れススキに変換されていく趣であった。
本日の園内客層を見ていると、なぜかイイ顔のオヤジ率が割と高い。平やんみたいな人が何人もいる。別に差別しているつもりは毛頭ないが、ネズミ国がずいぶん平均化したんだな、と思った。大衆化、といってもいいかもしれない。おそらく私なんかの世代が、学校行事の中に東京ディズニーランドが組み込まれるようになった第一次世代だと思うのだが、昔を思い出しても、こんなにおっさんおばさんが多かった記憶がない。まあ忘れているだけだと思うのだけれども。(それにしてもババアは人混みだと羞恥心が失せるのはなぜか。とにかくいくらなんでも鏡を見ながら人の面前で歯をせせるのは止めろ)ドキュンとかヤンキーだとかトットローといわれる人種が多いのも想定内。(しかしなぜ彼らはミッキーをあのように熱烈に愛するのだろうか。あの派手な色遣いが原因か?)だが当然のごとく最も多いのはベビーカーをつれた若い母親、あるいはその家族、といったところだろう。あちこちにベビーカーがある。こんなに人が多いと、子供もぐずったり、いうことを聞かなくもなるのだろう。乗り物から降りたがらない幼い娘の頭を音が出るほど強く(後ろの席にいる私にも聞こえるくらい)叩く親、撮影だかなんだかで道の真ん中にたち、人にぶつかっても謝らない親、子供を野放しにして、その子が他の人にぶつかったり叩いたりしても意に介さず一緒に来た母親としゃべり続けている人。目にしたくはないがそういう光景を目の当たりにするにつれ、こちらもささくれだった気持ちになってくる。でもそういう状態にあってもさすがはミッキー。ヤツは山車のうえから眼下の平民どもに対してこんな風に言ってのけた。「みんな!これからも夢を見続けよう!」
果たしてここに夢はあったのだろうか。
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レストラン街もありフードコロシアム(左画像は店内の様子)ということだが、
ちなみに購入したものは出国時でないと受け取れないため、支払いをしたら引換券がわりのレシートを受け取り、それを出発ゲート内にある専用カウンター(左画像)に提示し購入品を引き取るシステムである。





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