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2007年4月30日 (月)

そして羽田ではカレー

到着ロビーにあるのは反則です。

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最後は空港食堂

沖縄にきたツウ(または空ヲタ)は必ず訪れる。ソーキそば550円、フーチャンプル定食500円。安ウマの象徴です。

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バイバイ沖縄

おもしろ画像とともに。また7月に。

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2007年4月29日 (日)

国際通りでデモに遭遇

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おきなわのうみ

ちょと晴れた。ハニーコミヤマはビキニ女子に釘付けです。

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斎場御獄

ここには神がいる。神々は空間性を保持し自在に動いている。

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2007年4月28日 (土)

そしてサムズアンカーインでステーキ

夜中食べるステーキは背徳感がたまりません!美味い!

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展望デッキ

風強すぎ

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そして羽田ではカレー

今回はスープストックです。ハニーコミヤマはサンラータン。羽田空港ではカレー。これ最強。

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2007年4月27日 (金)

また民主党沖縄FLASHネタかよ

ネット中傷:民主党“標的”10万件 都知事選と参院補選
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/jiken/news/20070427k0000m040181000c.html

2ちゃんねるのニュース速報+板みてたら、この件と連動するかのように、またあの「沖縄・日本を守れ」FLASHならびに民主党の沖縄政策案のコピペが貼られていた。(フラッシュその他経緯については下記私のブログ過去ログを参照ください)いまさらゾンビのごとく蘇ってきたらしいが、あんなもん引っ張り出さないと参議院選挙は勝てねーのか安倍は(まあ彼は関係ないとは思いますけれども)。それにしても相変わらず信じてる奴がいるというのがすごいな。(フラッシュの現存確認された方はコメント欄にURL貼ってください。携帯から2ちゃんみただけだからまだ例のフラッシュ確認しとらんのよ。)元々民主党の沖縄政策なんて自民党案からパクってきた実現性に乏しいもので、沖縄を中国に売り渡そうとしている!なんて変な煽りをやらずに、正攻法で自民党の受け売りと糾弾したほうが民主党のダメ政策ぶりを喧伝できるっていうのにな。

↓以下は当時書いた反論。
「沖縄・日本を守れFlashは愚の骨頂」
http://blog.so-net.ne.jp/pussycat/2005-09-01-1

SF作家山本弘は、五島勉のインチキ「ノストラダムス」本にあっさり日本国民が騙された件について「読者は原典にあたってまで調べないものなんだ」といってたけれども(人は神に騙されたがっていると名言あり)その通りだなと思う。少しググれば過去の(民主党がパクったとおぼしき)自民沖縄政策案がでてくるっていうに、それでもそんな面倒なことをしてまで事実かどうか調べようとするやつなんて少ないのかもしれない。「事実かどうかは関係ない、チーフの意向にあうかどうかが問題で、そうでない場合は事実のほうが書き換えられた」(新聞王ウィリアム・ランドルフ・ハースト発行のエグザミナー紙で働いていた編集者の談話)

さて、上記の言葉が本当かどうか知りたければ、以下の本を読まれるとよいでしょう。

新聞王ウィリアム・ランドルフ・ハーストの生涯

新聞王ウィリアム・ランドルフ・ハーストの生涯

  • 作者: デイヴィッド ナソー
  • 出版社/メーカー: 日経BP社
  • 発売日: 2002/09
  • メディア: 単行本

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2007年4月26日 (木)

叫んだからといってどうにかなるもンでもないし愛は

クリスマスに知り合って、その日のうちに彼は童貞を喪失し、以来今日までなんだかんだと疾風怒濤の日々。さて何人目にあたるのか忘れ果ててる私を向こうにまわした彼はといえば、ヨワイ30歳のその日まで、女体はおろか男女付き合いの経験が一切なく、そのマリーンズ小宮山投手似のコワモテ顔とは全く裏腹な、いわゆる乙男(オトメン:乙女心を所持した男子)として日々可憐に生きている人である。真顔で「なぜキミの事を考えていると時間が早く過ぎるのだろうか」といったりしつつもガンダムオタの鉄道ファンではある。

まあそんな身の上話はどうでもいいのだが、つまりなにがいいたいのかといえば、彼は「自分が好意を抱いている相手とつかず離れずの距離を保ったまま、なんとなく一緒に居る」という状態に馴れておらず、私はといえば、そういう「馴れてない」相手と一緒に居ることに馴れてない。そういうわけで行き違いはしょっちゅうだし、言葉が足りない、言い方が悪い、だのと言い争うことがたびたびある。その衝突の仕方が、互いの甘えゆえという「男女付き合いでよくある馴れ合い」の一環としてではなく、そもそもその甘え自体認識してない(未経験だから)ので、根本からなぜそうなのかと説明しなければならない。これが若ければお互い未経験、経験が少ないからとそれすらも新鮮であったりするのだが、ある程度(しかも片方だけに)経験があると「またか」というため息へ変換されてしまうばかりだ。“昔そんなことあったな”と柔らかい目で懐古するほどには年をとっていないというのも厄介だ。こっちは空気読めと思ってしまっても、その空気を読むに必要な経験値がそもそも足りないわけであるのだから、いっても仕方がないのだ。そんなことはわかりきっているのだが、疲れているとついつい反発する気力のほうばかりが沸き立ってしまう。しかしだからといって不思議と選択肢の中に(時々浮上するとはいえ)別々になるというのは生じない。メール上の行き違いをなんとか顔を見て話をすることで解消しようとする努力を図れる程度には、まだお互いの愛情があるということだ。相互理解へ到るための弁証法的プロセスともいえる、そういったイザコザは、互いの前提条件を身体に覚えこませるためには必要十分条件とはいえ、いささか面倒で、しかも非常に疲れる。

「寄って来るのは自己主張の強い“俺様キャラ”ばかりだ」と男友達に愚痴ってみると、「それはそういう相手を自分が求めているというのもあるでしょう」と冷静に返されてしまった。それは、まあそうだけど。基本的には来るものは拒まず(定員数1名)なので、えり好みをしているわけじゃないのだが。とはいっても、自己主張がなくナンでも君の好きにすればいいよといわれたって途方に暮れてしまうし、だいいち主張しあえず「文明の衝突」がない相手なんて、つまらない、とは思っている。卵が先か鶏が先か。どちらにしろ、何故この人と一緒にいるのかという問いを身体に抱えつつ、まだもう少し、ヤマアラシのジレンマは続きそうではある。

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2007年4月23日 (月)

長崎市長選挙を勝手ながら考察してみる


今回、統一地方選はいつになく注目度の高いものとなった。

特に長崎市長選挙はあの憎むべきテロリズム犯罪のため混沌した状況を迎えることとなり、投票までに時間が短すぎた経緯もあって、長崎市の有権者は大変戸惑われたことだろう。(前妻と後妻が立候補するという妙な展開もあったことだし)もともとの争点だった長崎市裏金問題についてもドコカへ吹き飛んでしまった節もある。一夜明け、当選したのは市役所職員であった田上氏であった。横尾氏リードが続いたにも関わらず当確がでなかったのは余程未開票束の積み具合に差があったんだろうと思いつつ就寝したが、案の定大接戦のようだった。とくに大票田の旧長崎市での田上氏支持が多かったのが印象的である。語弊のある言い方をすれば「田舎」は情が厚く、都市部はそれよりも冷静に手腕なり前職なりに力点を置いたがゆえということだろう。

横尾氏についていえば一部ネット界隈で糾弾気味に晒されていた「出馬会見時の服装および表情」や、そこまで感情的でなくても、ただでさえ落下傘候補は風当たりが強いのに、長崎市民だったことがなくまた(記者とはいえ)政治手腕も未知数な人に首長は任せられないという判断が下されたのだろう。政治記者で政治の世界における「世襲制」に賛成している人を私はまだ見たことないが、常日頃世襲制を糾弾している側の人間がアッサリと「遺志を継ぐ」ことを肯定してしまうのにも違和感を覚えただろうし。とはいえ、県外者ゆえにこれぐらいはパッと思いつくが、当地の有権者の方々にしてみればあれほどの事件の後では冷静な判断を下しにくい中で、良くぞ見極めたなと感嘆する。振り替えるに今回の長崎市長選は象徴的な意味で「客観性」が求められた選挙だったのではないだろうか。

「客観性」が象徴されるのは、例えば横尾氏の出馬会見。まず赤いネクタイといった「喪」とは無縁の服装とあの口元が笑っている表情はどう考えてもまずいと思う。また準備不足云々といった言葉も、準備万端だったら怖いわけであって、遺族の状況を考えれば致し方ないとは思うがゆえに、後援会幹部の誰かもしくはよいブレーンが、会見の草稿なりたたき台なりを作るべきだったと思う。(そんな状態ではないというのは先刻承知の上であえて述べるが)きつい言い方をすれば、職業上「客観性」を他者に求めている横尾氏が(当事者であるからこそ)なぜ、という思いはある。そこに「甘え」があったように見受けられたらおしまいである。遺族にそこまで求めるのが酷というのなら、周囲がなんとかすべきであった。確実に「勝ちたい」と思うのなら。

また遺族の意向等の報道もかなりマイナスだったと思う。とりようによっては「伊藤家の意向」で首長も決まるのかといったようにも受け取れるし、それではまるで支配者だ。首長の世襲性については元々反発も強い傾向もあるので(あえて似たような例題を持ち出すとするならば、おそらくいくら都知事選において石原慎太郎が強いといっても、「余人をもって代えがたい」4男あたりが「父の意向」とやらで出馬しても落選するだろう。もちろんノブテルなら話は変わってくるが)弔い合戦といっても、あまりにも経歴/手腕が未知数だとどうにも成らないとは思う。遺族感情を鑑みると非常に辛く厳しい決断ではあると思うが、もし直接の家族で出馬にたる人物がいなかったのなら、市役所内部から人材を推薦する、あるいは後援会から経歴/手腕共に或る程度認められる人物を推薦する、といったほうがしこりが残らなかったと思う。落選時の長女のコメント「父伊藤一長はこの程度の存在でしたか。父は浮かばれないと思います。残念です。父の愛する長崎でこんな仕打ちを受けるとは思いませんでした」を見る限り、冷静な判断を求めるという以前に、今は表に出る精神状態とはとても思えない。第一、当たり前の話だが、いくら遺族でもあっても娘婿は娘婿であって、伊藤一長ではないのだ。手腕を継承するもなにも、未経験ではどうしようもあるまい。おそらく長女も平常時であればこの程度の判断ぐらいついたのだろうが、あのような事件があれば是々非々を考えられなくて当然である。であればこそ、もう少し周囲がなにかよい助言を行うべきだったのではないか。(もしかしたら助言を行っていたけれども、本人達としてはとてもそんな話を聞く余裕がなかったのかもしれないが)あのようなコメントをだしたままでは、市民との間にシコリや感情の停滞を生む恐れがある。四十九日法要か何かの席で、市民との「和解」を図るような会見があれば良いのだが。

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泣いた選挙ポスター笑った人


新宿区議候補選挙ポスターより。誰が当選したか判別つきにくいのがミソ。ちなみに正解は下の方。白メガネのおしゃれ自称知事がいるのなら黒メガネインパクト区議候補がいたっていいじゃないか選挙だもの(るりこ)
個人的にはほか、港区渋谷区の区議候補ポスターにアレなものが見受けられました。CASSHERNばりにCGで洗いをかけたような人とか知也だからトモヤムクンとか言い放ってる候補などなど。

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2007年4月20日 (金)

いつの間にかオマンチョにケが生えていた

マンコが毛ザワヒガシなのは当たり前じゃねえかバーカといわれても困る。アンダーヘアーは抜く派なのです。キレテナ~イ!なカミソリ派、ボーボー太郎(※縄文太郎とは関係ございません)な無造作派、天然ツルリなオハゲちゃん派、みんな違ってみんないい(るりこ)。そんなみつをはどうでもいいんですが、とまれ、こんなになるまで放置してしまったのは久しぶりで、ここんとこオチンボなんてなんのこと?ぐらいの勢いで磨耗(精神がだぜベイベー)していたから、致し方ないといえばそんなもんだ。死にゃしねえよ、と開き直るほど加齢臭でもないので、オウチですっこり抜きますか。

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2007年4月16日 (月)

統一地方選挙後半戦スタート(ウグイスはじめました)

私がウグイス担当している候補は新人であり、地盤も元職から受け継いだという脆弱さ。それを差し引いても区レベルの選挙は非常に大変である。人も居ないし、金もない。候補自らが選対長であるケースも多々見受けられる。ある候補なんて自ら街宣車を運転しながら、ポスターを貼っていたし。またなんだか知らないけれども、私の住んでいる地域は候補が乱立し、候補者のうち10人ほどは落選する、非常に厳しい選挙戦となっている。おかげで、狭い区内を街宣車があふれ、三台連なって走るなどという珍現象がおきてしまっている。

私も昨日は家に着いたのが深夜1時近くなってからで、その他選対には、後援会事務所に泊り込みしている人、ネットカフェにいついている人、様々である。大変とか口に出すのもはばかられる状況です。さてなんでそんなに大変な思いをして選挙を手伝うのか、といえば。選挙に若干でも関わると、なんというかそのオモシロさの魔力とでも言うべき部分に引きずり込まれそうになる。戦略を練り、アピールを考え、重点地域やら戦法やらを考え、一丸となって動き、声をからして演説する。書き出すとなにやら宗教チックではあるけれど、疲れと同時になんというかカタルシスもでかい。一度関わるともう一回なんとなくやってみたくなるからフシギだ。まさに魔物である。

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2007年4月13日 (金)

海上自衛隊のガイジン妻はこんなにもハード&セクシー!!


パワフルすぎて首狩られそうです。昼も夜もタフそうなメンツですね。

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「ウルトラヴァイオレット」糞ファック映画ここに見参!

ちなみにウォーホルとは何の関係もない、ミラ・ジョヴォヴィッチ出演のSF映画でございます。はっきりいって糞マンコ映画。ネタにしたくてもネタにできない、まさに失笑の連続。

話としてはHOVウィルス(これもまんまHIVだよなあ)に罹患したファージと呼ばれる超人類種(知力体力身体能力ともに圧倒的に人類を上回るが感染後12年しか生きられない)を人類は絶滅せんとあちこちで殲滅作戦を繰り返し、ファージ側はテロ活動に邁進するのであった。そして人間側がついにファージ根絶のための最終兵器を作り出したとの情報をゲト(死語)したファージは最強の殺し屋ヴァイオレット(ミラ)を送り出す。ミラは無事奪取するが、その兵器とはまだ幼い少年だった--というのが大まかなストーリー。あとは定番どおりその少年を巡ってファージと人間双方から追われるヴァイオレットがいかにして脱出するかみたいな「グロリア」のパク…オマーヌのような展開。アメコミ原作らしいのだが未読のため元ネタはどうなのかよくわからなかったが、すくなくても映画だけ見た限りではパク(以下略)。まあそれはさておき。

とにかくミラに多額の出演費がかかってしまったせいか(予測)、CGがかなりお粗末。イッパツで作り物とわかり、これなら(比べるのも失礼だが)ブレードランナーのほうが余程「図式としての近未来」を表現していると思う。なめるんじゃねえよ近未来を。俳優達にはマンガのようにCGで「洗い」をかけているが、それも低予算(もしくはミラの肌荒れ)を誤魔化すため?という気すらする。ミラぐらいしか華のある役者が出てない点でも同様で、なんつーか敵役よりも子役のほうに出演料がいっているように思える時点でどうにもならない糞映画確定です。ミラの相手役?みたいなヤツも貧乏惨めにアディダス着たどうみてもホワイトトラッシュで、ファージの差別実態を表すという建設的な方向よりもミラやら他のヤツのスタイリッシュ(死語)さを見るにつけ「なんでこいつだけこんな貧乏なの?」という疑問がわくばかり。彼は兵器を他のファージに提供する役目があるみたいなんで、きっとこれは第三世界の人々が欧米を代表する清潔でスタイリッシュ(死語)な世界に搾取されているのを象徴しているのかと妄想してみたが、おそらく製作者側にはそんなことは微塵もよぎっていないだろう。また近未来っぽく次元圧縮装置だの重力コントロールだのを見せ付けられても、そのあまりの唐突さに「設定の帳尻あわせのために連日徹夜でついに精神のきわみに達した監督がドラエモ○(自主規制)をみてこれだ!とピコーンと頭の上に電球でもひからせたんだろうか」と思ってしまった。そんな与太はアレですが、推測するに普通の人類じゃ体力的に追いつけないか、もしくはファージの超頭脳が編み出した独自のテクノロジーとかなんとかなんだろうなあ一切説明ないけど。しかもその次元圧縮装置だか重力コントロールだかを使用する際にいちいちライダーベルトの回転(年がバレるな。頑張れ藤岡弘、)みたいなのを拝まされる羽目になる。個人的に一番キたのは最後ミラが敵の集まる決戦場へ乗り込む際、ハンドル握りながらカメラ目線で「アタシは…やる…アタシは…殺す…絶対に」などと呟くシーン。思わずジョン・ウェインがチンギス・ハーンをやったときのポスター(「俺は…殺す、俺は…戦う、野蛮人のように!」)を連想。どこをとっても見事なまでにセンス0で、これなら日本のオタクアニーメにでもしてもらったほうが百倍マシだと思うぞ。

でもって肝心のミラのアクションも本当にダメで、ぷよんとやわらかそうな腹具合晒して相手の動きを待ってからのアクション+ご丁寧に毎度毎度終わるたびに見得きるのなんぞをみせられた日にゃ、X-MENミスティーク役のレベッカ・ローミンのほうがよほど頑張ってたっすよと力説したくなってしまふものです。あんな編集とCGでムリヤリスピード感を水増し捏造したヘタレアクション見せられるくらいならスタント使ってくれたほうがマシ。なんでも新体操をアレンジしたものらしいですが、そういや昔新体操のリボン使ってアクションした時代劇があったな。そんな愛と悲しみのダメ映画史をふと思い返して感慨深くため息つかせて捨てられて。久しぶりにどうにもならない無駄時間を費やしたと五臓六腑に染み渡った映画でした。映画館で見なくてよかった。

ウルトラヴァイオレット デラックス・コレクターズ・エディション

ウルトラヴァイオレット デラックス・コレクターズ・エディション

  • 出版社/メーカー: ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
  • 発売日: 2007/01/01
  • メディア: DVD

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2007年4月12日 (木)

ちんちんに期待なんかすんじゃねえよ(または愛と幻想のチンマンコ)

さてさてさてさて。

このたびメデタクもセックス嫌いの冷感症を克服し、チャクチャクとニンフォマニアへの道(ああチンポがないと生きていけないの…夜の火照りがつらいわぁ)をひた走っているアテクシでございますが、バーカ、だからといって「人はセックスしなきゃ生きていけないのYO!セックスマンセー!VIVA!ファックユー」などとは思わないのだ。ざまあみやがれ。セックスがなんぼのもんじゃと言い切ってやる。だからどうしたんだと断言してやる。セックスのなんたるかを知り、いわゆる「プレイ」も経験し、ちんぽのよさ、おまんまんの気持ちよさを理解したうえであえていう。セフレなんぞをもつのはバカ野郎だし、てめえの女や自分の男にできないことを他に求めるのはイイトコどりのダブスタ人間、たかがちんぽをおまんこにインアウトする行為じゃねえか。それがどうしたってんだよ。とどのつまり快楽は快楽であってそれ以上でもそれ以下でもない。私が愛と快楽(どれほど気持ちよいオチンチンを捕まえたか知りたい方はご連絡ください。一昼夜ぐらいかけてじっくりねっとりとお話いたします)をようやく理解して得た答えはこれだった。

まあただ、性的なものの吸引力吸着力因果力というのはある種呪縛にも似て難易度高なのは少なくてもわかっているつもりではある。以前、キョコンな方(「サガミオリジナルLサイズって小さくね?外国のヤツだとジャストフィットなんだけど、それだと気持ちよくないんだよね」)とイタシタ際に「俺さー、最初の女と別れるとき、金払ってもいいからセックスしてくれといわれたんだよね」と自慢なのか愚痴なんだか判別できない話をしていたが、それは理解できる。私もねえ、同じようなサイズ…ではなく!そういう風に一瞬気の迷いが生じることも極稀にあるかもしれないわけでして(えなりかずき23cm巨根伝説!)。でもアータ、ヒト科ヒト目ホモサピエンスかつ近代自我の洗礼をくぐりぬけた高度経済成長三無主義後のバブル崩壊失われた世代以下といたしましては、それにほいほいとのっかって腰を動かしてていいのかねと思ってしまう。基本的に私は「上の口はいややというても下の口はどうじゃのう。こんなによだれを垂らしておるわ」的な状況は全く信じてない。悲劇の主人公としてのカタルシスに陶酔するなんて、状況に騙されているだけぢゃないか(人間よもうよせこんなことは)。

そう、状況に騙されすぎなんだ。みんなチンチンに期待しすぎなんですよ。セックスできれいになるとか男の価値は朝立ちで決まるとか、程度の低い煽り文句にまんまと誑かされてんじゃねーよ。隣のちんぽは太くてながーい黒カリダカールラリー(オヤジギャグでHAHAHA!)かもぉ?と玉砕覚悟でレッツゴー大和魂ですよとぶっこみしてみたり、もしくは向こうのマンコは濡れてしまってミミズ千匹踊り死のウナギ寝床かもしれんと突撃一番したりする。そんな愛と幻想のチンマンコ「日本のドコカに俺のチンポ(私のマンコ)を待っている人がいる」と旅立ってもしょうがあるめえよ。探しているうちにマムコは黒くなるし、チソコはED(専門医に相談してください。私ならそうします)になるのが関の山です。人のマンコがゆるいとか思う前に、オノレのチンコを濡れタオルで毎夜叩いて鍛えてるのか?といいたい。チンコ小さいとか愚痴る前に、てめえは日々ピラティスやら筋トレやらで膣圧向上にこれ努めているのかといいたい。そもそも相手に感情移入もできない状態でセックスしたって濡れそぼって締め付ける状態にも至らないし、硬く屹立するもんも萎える。

愛情をかけないのに愛情を期待する行為と同様に、テクを磨かずに、チンコを鍛えずに、マンコをシメることもせずに、相手だけを責めダメだしし使い物にならんと非難するのは無意味である。元海兵隊員に撃ち落された大統領だって「相手のチンコが(民衆:マンコが!)何をしてくれるかではなく、自らのチンコで(民衆:マンコで!)なにをするかが重要なのだ」と言っている(テケトウ)。モノの具合のよしあしよりも、どれだけ相手を涅槃(または善悪の彼岸)へ吹っ飛ばすかが重要なのだ。そうでない性行為は単に相手を使ったオナニーであってセックスではない。和製メイ・ウェストを標榜する俺ちゃんといたしましては、オナニーではなくセックスを所望する次第でして、そしてセックスは淫靡かつねっちょりぐっちょりなほうがよろしいので、そんなおばかちゃんを相手に無駄な時間を過ごさないのだ(それならまんこ鍛えるわ★)。そういうわけでハニーたち、ご希望とあらばやさしくいたしますわよ愛情をかけてジットリと。うふん。

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2007年4月 8日 (日)

だがしかし

凋落は早かった…山口節生先生はすでに圏外。

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都知事選、奇跡が起きた瞬間

山口節生先生が!一瞬だけ2位になってました。しかし!いまはドクター中松を抑え堂々5位!奇跡!奇跡が起きたのです。ア〜スク!

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2007年4月 7日 (土)

都知事選四天王降臨!

明日の投票日を控え有力4候補の胸に去来するモノは何か!?
やはり朝日新聞はセンスがただ者じゃない。

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2007年4月 6日 (金)

東京都知事選トヤマ候補について

個人的にはなんでトヤマ候補のばかりがyoutubeにupされるのかわからん。あれそんなに面白いかなあ。佐々木崇徳候補と山口節生候補のほうがよほど過激で面白いのに。(高橋みつる氏を支持します!)あんな芸として構築している、つまり「故意犯」としての「わかっててやってる」ものって泡沫マニアとしてはどうも食い足りない。話題の「当選したらヤツラはビビル、私もビビル」にしたって、山口節生センセイは同じ政見放送で「当選いたしましたありがとうございました就任演説では」っていってるわけで、さすが格が違う。もうなにをかいわんやですな。まあしかしこのあたりは天然モノと養殖モノの違いだとは思うんだけれども(養殖タイって脂ギッシュでイヤソ。グルメなんすよ俺)。つーか、どんなに「過激!」とか銘打っても「範囲内」である限り、箱庭的お遊戯にしかならんだろ。いや俺ちゃんみたいなイカモノ食いの泡沫マニアなチンポコ太郎の意見なんてどうでもいいですかそうですか。

例えば反ソ決死隊の都知事候補や、東郷健(マジカッコイイ!)なんかは本気でなんとかこの不浄で不条理な世の中を良くしたいという熱情がほとぼしっており、だからこそパセッティックな、胸が締め付けられるような切実さを、私は感じる。ドンキホーテなんだけれども。絶対に計算が間違っている感じが(いや東郷健は結果的に政見放送の枠組み建前を取っ払ったという意味では成果を残したといえるが)その突っ走り具合が、なにか人間として本質的なところへ斬りこんでくる思いすらする。

そういう意味でトヤマ候補の政見放送は、どちらかというと自分の自己顕示欲を満たすために行われているものであるように、私には思える。だからこそ、騒げば騒ぐほど「思う壺」なんだろうな。選挙資金は友人からの借金らしいけど、どうせ後で本でも書いて帳尻合わせるんだろうし。ダメ連の頃からそんな感じだった気がする。

「中森文化新聞」からトヤマ候補と鶴見済の二人が出てきたような印象があるけれども(あのときまだ鶴見済は不気味ワタルという筆名だった)知名度という意味では大きく鶴見済に水をあけられていたトヤマ候補。これで多少巻き返しが図れただろうし、よかったね、というところか。おそらく彼が狙っているであろうポジション「サブカルヒーロー」もしくは大川総裁みたいになるのは難しいかもしれないけれども。

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2007年4月 5日 (木)

今週のなんだコレ

まずは貴重な高橋みつる氏の選挙ポスターから。

2枚目は、上二人の顔面強度ならびに、下二人の顔面相似率が党派を超えたシンクロ率高感度(ほとんど双子)となっている点に注目。

とよじは齧歯類系小動物との掛け合わせに失敗した及川ミッチー(小太り)ですかね

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2007年4月 1日 (日)

男と別れた(サヨナラあなた)

今朝方壮絶な喧嘩をする。それで終わりよそれっきり。きっかけは彼が5股をしていたことが発覚したからだったが、それは序章に過ぎなかった。彼の異常性欲はその程度に留まらず、実は獣姦でなければダメで、しかも馬の巨大なペニスで肛門を犯され前立腺を刺激されないと勃起しないことがわかったからだ。ここまでくればいわなくてもわかるだろうけど、今日は4月1日だった。

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かなまら祭りの境内はなぜかロック一色

なぜかベンチャーズの曲を生演奏中。ベンチャーズと下世話感満載の境内が相乗効果で小宇宙(コスモ)爆発。

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かなまら祭りはすげえ人

外人率たかし。みんな好きだねえ。

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エリザベス御輿のお姿

いまだ出立せず。つーかすんげえ人出。

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夜桜太郎

毎年この時期はいつの間にか桜が咲き、気がつくと散っている。個人的にいえばソメイヨシノよりも八重桜のほうが好きだ。

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