« 2006年7月 | トップページ | 2006年11月 »

2006年8月24日 (木)

「蟻の兵隊」と高砂義勇兵問題

高砂義勇兵の碑問題がおきたとき、そのあまりにも無残な見捨てられように、なんとか彼らを支援できないか、といろいろと調べて動いたりしたこともあったが、靖国神社崇敬奉賛会など確認した結果、結局のところ自分自身でNGOを立ち上げて支援するしかないということがわかり、歯噛みをしながらあきらめたことがあった。「蟻の兵隊」こと山西省残留日本兵問題についてはミギヒダリ問わずコミットされているようなので、なんとなくほっとしている。こういう問題は本質的にはミギが積極的に支援していくべき問題であるのに、どういう建前によるものか、(高砂義勇兵問題は特にそうだが)あまり支援されていないようであるのには愕然とする。それでも元義勇兵たちが遠くかの地で日本を思ってくれているのを考えると居たたまれなさにいてもたってもいられなくなる。

高砂義勇兵問題も山西省残留日本兵問題も、本質的な意味合いにおいて同一であると私は思う。律儀に生きた人間が取りこぼされ省みられることもなくただ朽ち果てていく。そんな状況はもうたくさんだ。

霧社事件を起こしたタイヤル族は、その後冷遇され打開するためにかなりの人間が義勇兵に志願したと聞く。その結果が現在の、この現状である。このような問題がどうしてこうもこちらの身体へ切り込んでくるのかといえば――「いま」この「われわれ」が立っているその下には彼らをはじめとする戦争犠牲者が礎となって埋もれている、それにもかかわらずこのような問題を棚上げして忘れ去ることは、とてつもない宿題を遣り残してしまっていることになり、結局いつまでも「あの戦争」の総括から逃れ続けていることになる、ということに尽きる。

国家は情緒を忖度しないもの、とはわかっているがそれにしても非情すぎるではないか。こんな現状ばかり見ていると、なんとかこの世界の情緒がうまく噛み合ってなんとかその意を忖度されていけるような状況になればよいのに、などと理想主義的夢想へ逃避したくなる。願うぐらいが関の山の己の非力さにひたすら打ち拉がられるのみ。やりきれねぇなぁ。怨嗟の呟きが積み上げられて日本は沈むかつぶれるか。不沈空母いまだ意気軒昂なれば、よいけれど。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年8月22日 (火)

「蟻の兵隊」鑑賞記――演出過剰の脇からするりと抜け落ちる本質

元兵士復員後の思想、あるいは「靖国神社」「天皇」への思いについて、「大東亜」戦争がすでに神話のかなたで霧かすむようになってしまっているわれわれに果たして言及する資格はあるのだろうか。

私の大叔父はガタルカナルから生還することが、できた。大叔父はそのときの話を生涯、自ら語ることがなかった。また、靖国神社へ参拝することもなかった。「生きて帰ってしまったんだから、死んで戻っている戦友と顔をあわすことはできない。俺は死んでからいく。いれてもらえなくてもいく。そうでないと」と大叔父は私の母に語ったそうだ。あるいは私はもう亡くなった叔父が「俺は中国戦線でひどいことをしたんだよ」とぽつりと語るのを聞いたことがある。叔父の痩せた肩をみて、私にできるのはそのままそこを立ち去ること、それだけだった。石原豪人は中国奥地の戦線に参加していたが、除隊後自軍である関東軍に襲われ、あやうく殺されそうになるところだったそうだ。

そうした体験を見聞きするたびに、私の中では砂をかむ思いが広がる。そしてこの映画には、日本陸軍により国民党軍へ「売り渡され」、「蟻のように」ただ黙々と戦闘を続け、ようやく帰国したところ、軍籍を剥奪されていた男が、自己の存在をかけて日本政府と「戦闘を続ける」物語である。彼の戦後は終わらない。私は戦後がまだ着実に生き抜き、現在進行形で「戦争」が続いていることを知る。そして「選んだ」「選ばざるをえなかった」男たちの間に横たわる深いようにみえて、実際のところはコインの両面のような、それぞれの「戦後」を目の当たりにするのだ。

しかしこの映画は「感動」へも「共感」へも、あるいは「総括」へもたどり着くことはできていないように見える。それはなぜだろうか?

映画は、主人公である奥村和一氏が靖国神社を来訪する場面から始まる。そして「過剰」かつ「増長」な演出も同じく開始早々からスタートする。

奥村和一氏は「靖国神社なんて欺瞞だ」と斬って捨てる。僭越なのは重々承知だが、私には、彼がそう考えざるをない気持ちがわかるような気がする。国家というものに裏切られ磨耗させられてしまえば、その国家へ組み込まれることなど、どうして承服できるのだろうか。だがこれを冒頭にもってくる意味は監督だけが見出しているように、私には思える。続いて初詣に来ている近所の女子高生?へ奥村氏は語りかける。女子高生はここがなにを祀っているのかは知らない、と答える。奥村氏は淡々とその意味をかたる。女子高生はわかったようなわからないような顔をして友達と焼きそばを食べ続ける。ここに戦後60年の流れを見出すことは容易いだろう。だがここにも監督は「顔」をのぞかせる。“このおじいさんはねぇすごいんだよ、終戦後も中国で戦って云々”。私は申し訳ないが奥村氏の人生を「すごい」の一言で切り捨てるようなことは絶対にできない。なにをもってすごいというのだろうか。どことなく賞賛しているような口調には、ただ監督の思考停止を見出せるだけだ。

奥村氏ら元山西省残留日本兵の有志は、ついに日本政府を相手に「あくまでも中国へ残留したのは上官命令によるものである」と軍人恩給を支給するように提訴をする。裁判はしかし棄却上告却下という道をたどる。国家は彼らの人生を奪い、また彼らが尊厳を再び取り戻そうとする戦いにおいても省みることはない。奥村氏は決定的資料を求めに中国へと旅立つ。(ように見えたがどうもこれも演出で、奥村氏はもうすでに中国である程度の資料を得られていることがこの後わかる)奥村氏は決意する――中国で、初年兵として彼が行った“肝試し”と呼ばれた捕虜虐殺、その事実に、向き合おうと。

ここで奥村氏が自身の内奥へと「地獄めぐりのたび」が始まるかと思いきやそうではない。いや奥村氏は少なくても真剣に自己を見詰めようとするが、またもや顔をだすのは「監督」自身である。中国のテレビ局?から奥村氏がインタビューを受けているような場面になる。突如中国側通訳が「奥村さん!もういいよ!」そして監督が割って入る。“あわてて”まるでドラマの一場面のように自分の時計を彼に見せながら「奥村さん!帰りましょう!こんな時間だし!」。ここで印象的なのはインタビュアーである中国人女性の冷静なまなざしだ。彼女はそこでなにをみつめ、また感じたのだろう。おまけになんのつもりかご丁寧に「巣からでてくる蟻」を何度も画面上に登場させる。エイゼンシュタインが墓場から蘇ってきたかのような編集で、果たして観客になにを感じてほしいのだろうか。いっそのこと字幕でもだせばいいのに。

これは国家によって擂り潰された人間が、その生涯をかけて行っている「聖戦」なのだ。こんな映画としての演出、編集は、奥村氏らの「尊厳を取り戻す戦い」になんら利することはないのではないか。そしてそれは中国共産党により拘引された原告団の、戦争犯罪の告白書を入手し、日本へコピーを持ち帰り、執筆者本人へ手渡す場面で最高潮に達する。延安レポートによれば、それは中国共産党の行った一種のプロパガンダであるといわれている(ように思うがいま手元に前掲書がないので詳細に引用できず。齟齬があればご容赦を)が、そういう性質のものを持ち帰る意味が私にはわからない。(映画の中でも“書かされた”という態度を示す方も登場する)ここにも監督や製作者側による「ある種の意図」が見受けられる。その意図はクライマックスともいえる、終戦記念日における靖国神社での奥村氏と小野田寛郎氏の「対決」で顕著になるが、なぜかここで監督は、奥村氏に「小野田さん、侵略戦争を認めるんですか?」との呼びかけ(とそれに対する小野田氏の「終戦の詔書を読みなさい!」という一喝)で終わらせている。こここそ、もっと突き詰めるべきところではないのか。奥村氏しかそれはできないのだから。もっと小野田氏と徹底的に話し合うか追いかけるか、きちんと向かい合ってこそ、コインの両面のような二人の戦後――それによって炙り出されることこそ、戦争が「神話」となってしまったわれわれ個々人へ迫りくる「あの戦争への総括」であり、戦後日本人の「本質」へと軍刀を突きつけることになるのではないか。原一男的アプローチ――煽って煽って焚きつけて突き放す――がいいとはいわないが、だがしかし、やるべきときはある、と私は思う。

慰安婦との和解めいた場面よりも、私に深く突き刺さったのは、共闘したたくさんの戦友を失った中国山西省のある砦を奥村氏が一人でたずねる場面だ。奥村氏はいとおしむように積み上げた一つ一つの煉瓦を丁寧に撫で、そして告げる。じゃあいくよ、またくるから。現実が神に演出されドラマとなる、とは根本敬氏の言葉だが、この場面には、確かに神が息づいていた。この呼吸音をなぜ映画の中へ根付かせることができなかったのか、と私は考えていた。

この映画は一見するといわゆる「左翼的」映画である。だが私はヒダリだミギだという視点からこの映画を批判しているわけではない。おおよそ優れた映画においてミギだのヒダリだのといったみみっちい論議はまったく無意味だ。

たとえば、黒澤明の社会派映画の一群において彼や橋本忍の問題意識がどのような地点に立脚していようとも、そしてそれが明確であろうとも否応なく物語の渦中へと観客は引きずりこまれるわけだし、小川紳介がどっかりと腰をすえて「現象」と密着したりまた今村昌平や原一男において顕著な対象物への偏執狂的な固着といったことが、いつのまにかそうした対象物、個へのこだわりを超えたもっと大きな枠――それは人間の本質とはなにか?という人類の命題といえるものだが――へシフトせざるをえなくなっていく。そうした映画に共通する“欠くべからざるなにか”をこの作品は見事なまでに欠落させている、といえる。

「ヨコハマメリー」という作品において、対象者を冷酷に見つめる俯瞰の目を維持しつつも、だからといって突き放すわけでもないある種の「いまここ」の視点を獲得することができたことを思えば、このNHKドキュメンタリー出身監督の、いかにあざといことか。また“撮影する”という行為が主人公が告発する側の人間――それはとどのつまり無自覚に戦後を生きるすべての人々となってしまうのだが――にとってどれほどの「暴力」なのかについて、言葉の本来的な意味で監督は確信犯である。自分の立ち位置を疑わないのなら、偶然が偶然をよび偶然の力をたくさん引き出すという「現実が神に演出されドラマとなる」こととは、どうしても無縁となってしまうのだろう。映画におけるリアリティがしばしば虚構の中で捉えられた現実からくるものであるのと同断に、ドキュメンタリーという「現実」にもぐりこませた「演出」という名の「虚構」は、映画で起きている「いまここ」をも「虚構」に変えてしまう「劇薬」なのだ。

結局、そうしたことからこの作品の主題として浮かび上がったのは、撮影対象者への「不用意」すぎる「過剰な思い入れ」であり、奥村氏側に“たちすぎて”しまっているがゆえに、この映画は本質論まで到達することがなく、ミギの人間から言わせると「プロパガンダ目的の自虐映画」、ヒダリから冷徹に「問題に迫りきれずセンチメンタリズムへ逸脱した」と宣告される恐れ大となってしまっているようだ。着眼点題材ともに挑みがいのある内容であり、そういう意味でこの映画はあの「ゆきゆきて、神軍」と双璧をなすような巨大な作品へと変貌を遂げることができたはずだったが、むざむざと綱渡りから落下してしまった、という印象を拭い去ることができない、非常に残念な結果となってしまっている。対象者へ寄り添いながらも俯瞰の目を維持することができていれば、あるいは私のこの映画への評価が、もっと異なったものになっただろう。

ウヨクサヨクの色眼鏡を丁寧に一枚一枚とりのぞいていけば、現れるのは「自己」の「尊厳」を取り戻そうとする、一人の真摯なありようなのである。それは100人切り訴訟の原告と本質的な部分で同一であり、また「われわれ」の抱える「戦後」「戦争責任」への思いとも密接にリンクしてくる。過剰な演出はその本質への到達を、門を閉めるように塞いでいく作業にほか、ならない。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年8月21日 (月)

そんなこんなで明日も映画

蟻の兵隊をみてきます。8月はDVD含めほぼ毎日一本の映画を見ている換算になりますな。
暇人の証左でございます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年8月20日 (日)

太陽を

みてきます。感想はまたあとで。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006年8月18日 (金)

X-MEN3の試写会招待状キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

いろいろと噂されておりますX-MEN3ですが、GTFから支社招待状がきました。24日、いってきます。どうも前評判等を見ている限り期待しなかったのですが、わくわくしていろいろとあちこちから汁をだしつつ参戦してきまっする。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

山崎派、ケツの結束にひびが

山崎派、鉄の結束ひび 正式に不出馬表明
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060818-00000001-san-pol

一瞬「山崎派ケツの結束にひび」と読んでしまいました。「武部クン……儂のこ、これをみてくれ…こいつをどう思う?」「すごく……大きいです」「猛りきったイチモツが収まる場所はここしかないんじゃ…派閥抜けようたって、なァ…コレからは離れられないじゃろ…」「アーッ」とか遣り合っていたら激しく鬱だなと思いつつ。豊漫だなあ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年8月17日 (木)

8/15靖国神社探訪記総括

今年もまた、終戦記念日がやってきた。

ヘリの音で目が覚める。去年、街宣車の軍歌で目が覚めたときよりはマシかもしれない。

毎年この日は必ず靖国神社へ行くことにしているが、ああ明日も人が多いんだろうな、そのうちマスコミの割合は…などとやっていたら就寝が遅くなってしまった。起きていろいろとネットやらなにやらをチェックするとどうやら7:45頃小泉首相は参拝するらしい。時計を見れば7:10。飛び起きて支度し即行で家を出る。

お盆もあり道路はガラガラ。タクシーはあっけなくつかまり、裏道をとおり、なんとか靖国神社へ。

小雨がしっとりと降るが空気が冷えることはなく、ねっとりとした熱気が四肢に絡みつくようだ。ヘリの爆音はやまない。「地獄の黙示録」かよ。おそらく参拝はまだなのだろう。報道陣が参拝客めがけ容赦なくカメラをむける。まだ人はさほど多くはない。


境内がいささか閑散としているのとは対照的に昇殿前は人だかり。「靖国護持」というTシャツを着た坊主頭が数名おり、賽銭箱の横には普段はいないカメラマンが居並ぶ人々を撮影している。私は真ん中に落ち着いたが、到底昇殿の中を見える位置ではない。見えるのは携帯やらビデオカメラやらを掲げる人々の腕だけだ。期待感が狼煙のように立ち昇り渦を巻いているようだ。低く小さなざわめきが波紋のように広がっていく。それがどれほどの時間だったのか。

 きた、きたきたきたきたと火をつけたように駆け巡り、いっせいに腕が上がる。本来ならば昇殿は撮影禁止だが、制止するものはいない。おそらく神社側も黙認なのだろう。これは歴史的瞬間でもあるのだから。小泉首相が昇殿の中に姿を現した。そのとき、どよめきと異常な興奮状態、そしていささかためらいがちに拍手が起こり、前方にいた「靖国護持」Tシャツを着たいわゆる“右翼”らしき人の声で「よくやったーーー」。それ以外は明確な“言葉”はなく、うぉおおおおおという地鳴りのような唸り声があたりを支配していた。隣の男が携帯を片手に「いま!小泉総理が靖国参拝を行いました!わたくしは--」などと彼女の手を引き引き実況をしている。その手のブロガーもかなりいたのではないだろうか。私を含めて。

「あ、いま横切った」

そうはいっても私に写せるのは人々の手だけだ。拍手と歓声。苦い顔をしている賽銭箱横のカメラマン。参拝と同時ぐらいに小糠雨だったのがボツボツと強く降り始めてきた。私自身はある種の歓喜の涙ではないか、と思うのだが、マスコミはまた例によって“暴挙に対する悲しみの涙”とかなんとかいうのだろうな。雷でも鳴ったら完璧だっただろうけど、そうそう野中広務が泣いて喜ぶような展開にはならなかったのだった。



人が廊下を歩くとき儀式でもない限りそんなに時間はかからないだろう。

そういうわけで、気がつけばもう小泉総理は参拝を終えていた。上の写真のような按配で賽銭横に陣取っていたカメラマンがそのあと参拝する人々を写す写す写す。背の低いおばあさんが静かに手を合わせているとわざわざ接写してまでもその顔を記録しようとする。参拝者は罪人なのかよ、と小さく悪態をつく。さすがに神社側の警備担当が「昇殿は撮影禁止です!すぐでていってください!」と割ってはいる。結局彼らはたたき出されてしまったわけだが。





つはものどもが夢の跡でしょうかね。












飯も食わずに飛び出してきたので、ここでいったん家に帰って食事をとることにした。自分になにか影響がなくても殺伐とした場にいるだけでかなり体力を消耗するのだなと思った。参堂を歩いていると、早速インタビューされている人がそこここで見受けられる。化粧もしてないからインタブー求められたらどうしませう、などと余計なことを考えていたが、手ぶらに近い状態だったので単なる近所の暇なやつと思われたのだろう。どこからもお声はかからなかった。

 
上記画像はだいたい一続きと思ってください。日の丸をもったオジサンがインタビューされていた。私が通り過ぎようとしたときオジサンは「アンタねえ、凱旋門知ってる?」と唐突に報道陣へ質問していた。なんとなく私の中であの朝生で発せられた「アンタ聖徳太子知ってる?」というのと重なって思わず足を止めた。「えーっとあのパリの…」と報道陣も戸惑い気味。おじさんの主張をまとめると“凱旋門も無名戦士を祀るためにあった。世界中こういう施設はあって当たり前”ということを伝えたかったらしい。おそらく靖国で取材すればこういう発言が多々あるのだろうな、と感じた。あとで“靖国へ参拝するような輩はこんなウヨクみたいなのばっかり!”と変な風に報道されなきゃいいな…とオジサンのにこやかな顔をみながら考えた。



周辺にはこんな風に機動隊車両と右翼の車が交互に止まっていたりした。



沿道にはモノ配る人主張する人が鈴なりになっている。法輪功もせっせとビラを配っている。今年は外国人参政権反対の団体もビラ配りにいそしんでいる。その他、アレ?と思う団体が配っていた。こうしたビラ配りをしている団体はある種の共通項があるのだが、その団体には年齢服装性別雰囲気ともになにも共通した感じがしない。これで閉鎖的かつ一人か二人妙に目立つ格好(紋付はかまとか)着ていると2ちゃんねらだなと思うのだが、そうした特徴もなかった。まあ宗教かまたはかなり強固な共通項がある2ちゃんオフなのかな、と思いつつ、ビラを受け取った。(下記画像参照)


下は法輪功の配っている新聞。その上にあるTBSに対する抗議文などが記載されているのがその団体が配っていたもの。ビラはカラー印刷されており、金がかかった、一見して組織がきちんとだしているものだなと思えるつくりだった。裏にはカラーで漫画なんか書かれているし。内容としては例の安部氏の画像をまったく無関係な戦争時の画像と組み合わせたいわゆる総務省から指導がいったモンタージュ映像にからめて“TBSの免許剥奪のために署名をお願いします”というものだった。この団体についてよく知らないのでググってみたのだが、HPもないようなので、ちょっと気になった。



とまれ、家に着くとさきほどの報道がされていた。キャスターはみな一様に興奮している。まあ演出なんだろうけど。しかしこんなぎゃーぎゃー騒ぐことかね。生姜先生こと姜尚中はニュース23で「歴史の分岐点となるだろう」と述べていたが、いったい誰がそうしたのか、と思う。

ご飯を食べて落ち着いてから靖国へ。曇天はいつほろほろと雫を落とさないとも限らない不安定な様相だった。それでもなんとなくもう雨は降らないような気がして傘を持たずにむかう。

入り口ではこのままラップでも一席ぶったほうが似合いそうな方が演説をしておられた。この方は毎年ここで演説されている。特徴のある声(ご本人いわく「だみ声で失礼しております」)を聞くたびにああ靖国にきたなあ…と感慨深くなるから不思議だ。











 

人出は午後になっても絶えることはない。参拝客の年齢層は去年と同じく、30後半から40代がすっぽり抜けたその前後がいちばん多いというかなんというか。俗にいう働き盛りの年代があまり見受けられない。お年寄りは懐古で、若い層はネットの影響で、なんていう言説がでてくることだろう。











参道の両脇には署名を求める団体、垂れ幕をもってアピールする団体がそこかしこに見受けられる。




そして靖国神社関係者も報道陣に混じって写真をとりまくっていれば、
















キリストの幕屋がどさくさにまぎれて小冊子を配布しており、











 


 

ふとみれば三線がなっていたりするのでかなり境内は混沌とした状況だった。












 



鳥居をくぐるときに中国語が耳を掠めたり、観光地めいた印象もあった。感覚でいえば去年と同じくらいの人出。昇殿へ並ぶ人々の列も同様で大変な混み具合である。朝、参拝を済ませておいてよかった。


 










 

脇で靖国神社担当者が「救護室もございます!ご無理をなさらないように!」と声を枯らす。去年のように直射日光が照りつけられると困るのだが、蒸し暑くても緑のおかげで風が吹き、比較すればだいぶ楽だろうと思われた。とりあえず遊就館へまわってみる。救護室あたりでは麦茶の無料配布もおこなっているようだ。










あっさ!こっちもスゴかとねえ。ちょっくらびっくりでなんしょ。とどこの方言だかわからない言葉がでてくるくらい混んでいる。こんなに並んでいるのはじめてみました。おととしは実に閑散とした風景だったのに比べるとここ一、二年は大盛況だな。ただ別にスーツを着て来いとはいわないけれども、メイドみたいな格好をした女を連れた男がポーズをとらせてデジカメむけたりしているのはさすがにどうかと思う。こういう勘違いした輩がくると英霊の鎮魂というのはどこやらで単なる観光地化しているだけじゃないかとふつふつと怒りがわいてくる。参拝客が増え、ひとつの文化として定着するのは私の望みでもあるが、だがだからといって観光地になってくれ、はとバスよ止まれということではない(特にこういう終戦記念日などは)。暑さ疲れと相成って、やるせない気持ちになってくる。

そんなことを考えていると横をカメラだの何だので包囲された団体がこちらに直進してくる。なんだなんだと思ってみてみたら…古賀誠センセイのご登場でした。口を真一文字に引き締め、追いかけ質問するマスコミをまくかのように早足で歩き、その威圧感はなかなかのものだ。

リムジンに乗り込みご退場。問いかけにも答えなかったような気がする。案外小さい人だったのがなにより印象的だった。














マスコミの数も多い。機材をもって人にぶつかってきたりするからいやだ。この場では朝日の次に嫌われ者であるTBSも(まあそれだけ功労者ってことなんだけど。彼らが騒いだおかげでこんだけ参拝客が増えたようなものだ)、













どこだかわからない外国らしき?アナウンサーもいれば、













 

 

日テレのワイドショーで見かけるリポーターもいた。手前にいるグレーのスーツ姿の御仁に「センセイ」と話しかけていた。会話の内容が漏れ聞こえたが、なんでもお父上が満州で終戦を迎えられたようで、戦後いろいろとありましたでしょ、というようなお話をされていた。













毎度恒例のコスプレな方もいらっしゃる。ちなみにコスプレはここ最近始まったものではなく、結構昔から英霊を懐かしむという意味合いで行われており、個人的にはコスプレというものはここからはじまったのではないか、とすら考えている。最近は若い人も増えてきたな…などと思っていると、あの那須戦争博物館の館長(右画像)がいらっしゃるではないか!(詳細は根本敬先生の「人生解毒波止場」など参照ください)個人的には古賀誠に遭遇したよりもびっくりしました。かねがねお会いしたかったから感慨もひとしお。お元気なご様子でなによりでございました。

 靖国そばのある喫茶売店では、陸自っぽい格好をされた方と旧日本兵の会合中。日よけのある旧日本陸軍の格好をされた方は年のころ67歳ぐらいでその日焼けして刻まれた皺をみているうちに、大叔父が生還してきたガダルカナルのことを思い出してきた。酒を一滴も飲まなかったのに、帰ってきたら黙ったまま一升ぐらいあけては日本刀を抜いて暴れていたという。私が会ったときはそんなことは片鱗も見せずに、ただ優しく撫でてくれたのを懐かしく思う。大叔父が黄泉へと旅立ってからもう幾年になるだろうか。




そんなこんなでふと見れば、
















青空がのぞいていた。

 
もういいか、とその場を離れたのが17時頃。それでもまだまだ参拝客が九段の坂をのぼってくる。今日は去年よりも参拝客が多いのではないか。(後日新聞を見たらそのとおりであった)歩いて帰ろうかと九段の交差点を神保町方面へ向かって歩いていると、俎板橋がなにやら物々しい。機動隊員が集合している。

 
どうやら九段交差点で神保町へ向かう斜線を規制しているようだ。街宣車が止められ、警官ともめている。タクシーには客が乗っており、急いでいるとしたら気の毒にな……と同情。とりあえず、ここまできたならきっちり見ていこうと事態の趨勢が判明するまでしばらくこの場にとどまることにした。


しばらくすると機動隊員は消え、代わりに警官隊が列を作る。あたりには不穏な空気が漂っていた。ひっきりなしに笛の音がし、空気が殺伐とした色をなしてくる。

とそのとき、向こうから紋付はかまで扇子をひらひらさせた男を先頭に30人ほどの団体が歩いてきた。服装も年齢もばらばらで、その共通項のなさに、ああ2ちゃんねらのオフ会だな、とわかる。まさかこのための規制じゃないだろうな、などとのんきに思っていると、靖国神社の方角から街宣車がやってきた。機動隊の車が前方をふさぎ通さない。さきほどのラッパーな右翼の方だろうか。同じような声と絶妙な節回しで「反天皇制の人間を叩き出せ!た~たきぃ~だせぇぇ~」と喧伝する。しばらく繰り返すとUターンしていった。(後で裏道から別なルートで現れたことを知る)

警官が重点的に集まっている地域があり、ひょいとみると右翼団体の方を取り囲んでいるようだった。
「ダイナマイトで吹っ飛ばしてやりますよハハハハハ」という物騒な発言が飛び出すが、いたって和やかな和気藹々とした空気である。と、そこへ笛の音と地鳴りのような声が聞こえてきて、デモ隊が神保町方面から靖国神社へ向かって、靖国通りを縦断してきた。一気に緊張が走る。










ふとデモ隊の先をみると、ちょうど橋が途切れた前方に例の街宣車が止まっていた。「は~んてんの~うせいを~」と街宣が始まる。わっしょいわっしょいというデモ隊の声と重なって現場は騒然としてくる。先ほどの右翼団体関係者がいる横辺りに腰をすえ、事態を見守る。隣を見れば白人女性、後ろを見れば白人男性。白人女性はデモ隊がこのまま直進すれば街宣車とぶつかるのを知って「オーマイガーット」を連発。後ろの白人男性は「ファーーック」とつぶやく。両方とも、初めてリアルで聞きました。ちょっと感動。

信号の後ろ辺りにあるのが件の街宣車。大変にぎやかになってきた。















警官・機動隊員に守られながらゆっくりとデモ隊が進行して来る。目の前に来たとき、左隣にいた男性が飛び上がり、なにやら怒声を発している。警官たちがあわてて取り押さえる。

デモ隊はそのまま進み、あわせて街宣車が「ふ~んさぁ~い!ふ~んさぁ~い!!」と拡声器で怒鳴り、気がついたらいつの間にか終わっていた。そういえばおととしもここのポイントでやりあっていたな、と思いつつ、なんとなく予定調和という言葉が頭に浮かぶ。そういうつもりは双方ないのだろうけれども。

こうみると機動隊員の服装と特攻服がよく似ていることに気づいた。













さらに後方には

ちゃんと救急車が待機しておりました。














皆様お疲れ様でした。

 

去年、今年とまるである種の政治的顕示の場であるかのように“なってしまった”靖国。当日、私はYMOの「テクノデリック」を聞きながら歩いていた。現在からすればかなりチープに聞こえてしまうからこそ、とてもこの“狂騒的な場”にふさわしい。(特に「TAISO」なんて曲はまさに現場が「ケイレンの運動」状態であるわけだし)人工的かつ無内容の極みみたいな音の数々を、ひたすら耳に流し込みつつ、ご高説を縷々述べるマスコミ陣を横目にしながら、ぶつけようのない憤りに似た苛立ちを自己の内奥でたぎらせていた。三方向にばらばらに広がっていくその曲調はまさに“いまここ”でおきているこの状況を的確に表していた。

そんなわけで、この事態に対する私の考えは去年とあまり変わらない。参拝客が多いのはうれしいがメイドまがいの格好をしたやつらなんかがいたりするのをみると、多くなるのは果たしてよいのことなのか、と思えてくる。分母が多きければそれだけおかしな輩も増えるのは当然だ、とはわかっているけれども。

だけれども。
目の前におきていることがすべてではないのだ。

あれは、疲れたので木陰のベンチで休んでいたときのことだ。

まったく無関係なように喧騒が続く遠くの光景を眺めつつ、ある種の祭りだな、とそれをどう考えてよいやらと思案しながら、横を見れば。そんな周囲の大騒ぎとはまったく無縁なように、三人の親子連れが楽しそうに笑っていた。まだ幼い子がたったり転んだりしているのを両親は楽しそうに見守っている。遠目からみてはっきりとわかるぐらい、それは“聖家族”のように一体だった。彼らはこの騒動をどう見ているのだろう。その騒ぎはまるで関係ないように、彼らはいつもの日常をそこで過ごしていた。そのとき、私の傍らにおそらくは戦友に会いに来たと思しきお爺さんが腰をかけた。「いいかね?」「ええ、どうぞどうぞ」
「ここは涼しくていくらかしのぎやすいね」とおじいさんは美味しそうに一服。この人にとっても、この場にいるのは日常とまでは行かなくても“当然”なのだろう。私は彼らを見比べ、そして遠くで起こっている喧騒を眺め、どちらが靖国のあるべき姿なのだろうと考えた。

そしてそれはいまも考えている。

■以前の靖国参拝時ルポなど

【2004年8月15日の様子はこちら】
前編:右翼殿、そこのけそこのけデモ隊がいく。
http://blog.so-net.ne.jp/pussycat/2004-08-15
後編:それはまだ終わらない。戦後は続く。(8月15日靖国神社参拝記 その2)
http://blog.so-net.ne.jp/pussycat/2004-08-15-2

【2005年8月15日の様子はこちら
8/15靖国神社参拝を終えて、総括【50万ヒット記念もかねて】
http://blog.so-net.ne.jp/pussycat/2005-08-15-16

| | コメント (16) | トラックバック (1)

2006年8月15日 (火)

とりあえず帰宅しました

夜はピラティスいくべえなんて考えていたのですがとんでもなくへたりきってしまったので多分無理ですな。ゆっくり寝ます。今日は去年と比べれば直射日光がないだけだいぶマシだったんですが、ねっとりとからみつくような熱気でやられました。人も多いし。制服姿の警官がやたらカッコよくみえて、どうやったらナンパできるかしら…となぜか延々考えておりました。完全におかしくなってますね。そんないい感じで発狂発酵していたんですが、それでもどうにか無事に帰宅できました。

散歩がてら帰りは歩くかなんて思ったけどそれはモ、ムーリ状態だった。近くのフレッシュネスがこれまた酷くて注文品を間違えるわ、こっちのいったことを聞き間違えてもってくるわなかなかイカしていたんですが抗議すらしなかったもん。お巡りさんをどうコマそうかと考えることはできても、そんな文句付けるような気力は残っておりませんでした。もうどうにでもして頂戴アナタの為すがまま。だがまあ帰り際にデモ隊と右翼のガチンコ勝負が観られたからよかったよかった。今日の総括はちょっと時間をくださいませ。よろすこ(死語しかでてこねえよ…オ㍗ル)

| | コメント (2) | トラックバック (1)

右翼とデモ隊のガチンコ勝負きました

粉砕と叫んでいる。怒号が凄まじい。見物人には外人多数。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

デモ隊到着?

一見和やかそうな右翼?さんと警官さん。ダイナマイトでぶっ飛ばしてやる、なんて会話が聞こえてくるから素敵。神保町の方角からシュプレヒコールが。きているようですね。怒号が地鳴りのように。街宣車の目の前にきました。外国人さんがオーマイガットを連発。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

機動隊の撤収がはじまる。

機動隊の車は撤収を開始している。靖国通りを神保町へはいかせないようにしているらしい。なぜだろうか。機動隊員の代わりに警察官がきた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

右翼の車が止められて

まな板?橋付近。機動隊員や警官が走り出す。右翼は街宣車から反天皇制の人間を叩き出せ!と叫ぶ。しばらくすると車をUターンさせていった。どうやら街宣車を通さないようにしているらしい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

笛の音がしきりに

聞こえてきます。デモ隊?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

右翼の小競り合い物々しい雰囲気

道路が片側封鎖されてます。なにが起こるのか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

だが空は青い

そろそろおいとまするべきか。人混みにいると必ずツンとする汗の臭いをかぐようになりました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日テレやらTBSやら

マスコミ交歓の場と化してる感あり。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

那須戦争博物館のおっさんに遭遇!

根本敬先生の本(人生解毒波止場ほか)でみかけていらい一度はおめにかかりたいと思っていた那須戦争博物館の館長に遭遇!いやあ来て良かったですよ!はるばるお越しになったのか…感慨深し。
恒例のコスプレな方もおられます。

| | コメント (3) | トラックバック (1)

古賀誠に遭遇

長蛇の列となってる遊就館付近にて。思ったより小さかった。威圧感が端で見ていてもはっきり伝わる。マスコミがいなくてもあんな感じだろうな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

署名、あるいは演説

参道の横にはそこかしこで声を枯らす人々がいる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

神社が撮り幕屋が配り三線がなる

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ヒトヒトここにあふるるか

救護室をもうけてありますと叫ぶ係員。ねっとりとした熱気が体にまとわりつく。直射日光はなく風も吹いてるから去年よりはよいか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

再び靖国

人、かなり多し。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

配る人訴える人

| | コメント (0) | トラックバック (0)

機動隊と街宣車

周囲はこんな感じ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

パリのガイセンモン知ってる?

日の丸を持ったおっさんが報道陣へ華麗な質問。聖徳太子知ってる?に次ぐ珍問かも。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

マスコミ残骸

神殿近くで参拝客を撮影していた報道陣と警備員の間で一悶着おきる。いったん帰って飯タイム。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

撮りまくり撮られまくり

| | コメント (0) | トラックバック (0)

小泉以後

総理到着と同時に歓声が上がる。たぶん現場の私よりも報道中継みている方々のほうが瞬間を目の当たりにされたのだろう。歓声をかき消すヘリの音が印象的。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

総理到着の瞬間

うつせませんでした。小雨がすごい

| | コメント (0) | トラックバック (0)

報道陣スゴス

| | コメント (0) | トラックバック (0)

靖国つきました

しかしヘリがうるさすぎ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年8月14日 (月)

愛するあなた

私は彼の名をさけびながら、その腕へと倒れ込んだ。

長いあいだ、ずっと待ちこがれていたような、だが彼の体臭から離れたのはほんの一時ぐらいのような、生暖かく不確かな感触だった。逢いたかった。懐かしかった。愛している!もう一度少しつぶやくように。愛してる。

わたしたちはうんざりするほど長きにわたって離ればなれとなっていた。それも、すべては過ぎたことだ。広さも厚さもなにも変わりがない。元のままだから、ああ、私はため息をついて、顔をこすりつける。彼の鼓動が頬に響く。芯の熱さが感じ取れる。彼も私を待っていてくれたのだ。唇をかみしめた瞬間に涙が落ちる。ひとつ、ふたつ。ばかだなあ、と上から苦笑した声。そんなにするほどのことかよ。よくわからないや、と私は彼の中に潜り込もうとする。もうなにも心配することはない。ない。

 

目が覚めた。頭を振って身体を起こし、洗面所で顔を洗いながら、充血した眼を見つめ、私は病んでいる、そう思った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

まあそんなこんなで明日は朝から靖国神社より中継するのですが

私の日記を長く読んでくださっている方は私が靖国神社擁護派?とでもいうべき立場にたっているとご承知おきのムキも多いのではないでしょうか。実際そうなんですが、それでも問題視している部分はあります。個人的には現在の「靖国神社」の姿勢には納得できない思いでいます。

そのあたりは遊就館に対してより強く感じるのですが、例えば戦争肯定していると批判されるフリップや説明書きについて。自衛のための戦争、と記してしまえば、ある種の見方を強要することにつながるわけで(それはこの場合にとどまらずいわゆる自虐史観に基づいた記述も同様ですが)宗教施設が政治的立場を打ち出すことにもつながり、それは果たしてどうなのかな、と考えてしまいます。私自身は自衛のための戦争という部分もあったと思う立場なのですが、あくまでもそれは見に来た人間が個々に考察するべき問題であって、宗教施設が書くべきことではないのではないか。そういう意味で実は靖国神社自身が積極的に政治問題化に取り組んでいるという見方をされてしまうようなことを行っているのでは、と考えております。そのあたり、もうちょっとなんとかできないものだったか、どちらかというともっとミリオタを満足させるような作りにすればよかったんじゃないか、というのは冗談ですが、遺品や花嫁人形の展示などは非常によいのに、惜しむらくは起こった出来事を淡々と記すスタンスにはどうしてなれなかったのか、です。

このあたりに、確信犯であるとはいえ、靖国神社自身の目線の高さを感じずにはいられない。問題になれば物見遊山で来る人間が増え、デモ隊やらなんやら、静かにお参りしたくてもままならない状況となってしまう。鎮魂の場が報道陣やデモ隊に取り囲まれるような場にしてはいけない。そういう意味で、靖国神社側にも腰を低くする必要はあるように思える。大事にすべきなのは英霊か施設か。そして優先すべきなのは政治的立場か宗教的立場か。どうも昨今の靖国神社はそのあたりをいささか見失い気味ともいうべき状態にあるのではないだろうか。英霊の安寧を願うならば、それなりの立場をとるべきだ。

無宗教の施設を、とはよく聞く話ですが、どちらかというと政治臭のしない無臭の施設を作って欲しいと私は考えてます。

| | コメント (1) | トラックバック (1)

2006年8月13日 (日)

8/15が近づき

ウチの方は激しく街宣車がゆききしてます。毎日だからたまらん。8/15はもちろん朝から靖国神社へ詰める予定です。一昨年は警官VS街宣右翼、左前方にデモ隊という構図が目の前で展開、去年はデモ隊と警官のガチンコ勝負、さて今年はどうなることやら。静かに英霊を弔いたいだけなのに。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

やあそんなわけで近況

ピラティス修行もあと僅か。いまは試験にむけて骨盤帯筋群だのといった名前を覚えつつエクササイズの名称だの基本的な部分はさておきその全体を通しての流れを覚えなきゃならないわけで(いわゆる身体に覚えさせるっていうことで)ので毎日励んでおります。おかげさまで身体は(いろんな意味で)硬くなりつつあり。トレーニングも続けているので割れた太ももの筋肉(大腿四頭筋とか)やら力こぶやらを周囲の人間に見せ嫌がらせをしております。腹筋はまだまだ割れないな…。マンコなんかシコシコする暇もないぐらい毎日ぐったり。俺のオナニータイムを返してください。そんなこんなでとりあえず卒業試験に受かるようがんばりマスです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年8月12日 (土)

「ブラック・ダリア」デ・パルマ監督最新作をGTFの試写会でみてきた。

雨。

闇夜をまとわりつかせた漆黒の美女はいつだって俺にやっかいごとを押しつける。

そんな風にはじまるいわゆるフィルムノワール、1940年代から50年代にかけてアメリカでつくられた一連の犯罪映画の雰囲気を色濃く残しつつ、デ・パルマ流に換骨奪胎しているのがこの作品「ブラック・ダリア」だと私は思う。

そんなわけでGTF主催のデ・パルマ最新作「ブラックダリア」試写会に参加してきました。今回私が観たのは映倫通してないバージョンなので(もしかしたら世界初公開っちゅーシロモノだったのかもしれない)感想はネタバレしてませんのでご安心を。 なお映倫の審査によっては私が観たものとは一致しない作品が公開される可能性があり、以下に記すレビュー内容とは異なる恐れがあります。その点は何卒ご理解ください。また私はエルロイの原作は未読のため、原作と比較してというよりも単なるデ・パルマ好きという視点からの感想となります。

ストーリーは実際に起きたブラックダリア事件をふまえつつ、その猟奇事件に絡め取られていく二人の刑事(彼らは拳闘を通じてコンビを組む)――バッキー・ブライチャート(ジョシュ・ハートネット)とリー・ブランチャート(アーロン・エッカート)とその愛人である元娼婦ケイ・レイク(スカーレット・ヨハンソン)、そして捜査を通じて知り合ったブラックダリアそっくりの美女ことマデリン・リンスコット(ヒラリー・スワンク)とその家族の華麗なる上流階級ぶり。主人公が直面する裏切りにつぐ裏切り、そして依頼人の美女によって破滅する…なんて展開になれば完全にフィルムノワールなんだけど、さすがデ・パルマ。類型に陥るようで見事に肩透かし。そしてラスト。唸るしかいいようのないできでございました。

映画の雰囲気は「アンタッチャブル」みたいなスタイリッシュ40後半~50年代だった。なので残酷描写がきわどくても、そんなに胃の腑にくる感じではない。意外とあんなもんか…とスルーできる。役者個々人の感想を述べれば、スカーレット・ヨハンソンは声がジャイ子みたいでちょっと萎え。個人的にはこの手の昔風金髪美女を演じるにはちょっと顎が細いかな…という気がしないでもなかった。こういう美女のイメージだとどうしてもキム・ベイシンガーが私の中で最高峰(リタ・ヘイワースなんかをもってくるのはちょっとルール違反という気がした)なので、あくまでも多少ってことでひとつ。漆黒の美女役を担うヒラリー・スワンクはケイト・ベッキンセールをちょいゴツくした感じで妖艶というよりもラフレシアとか与那国の巨大蛾(ヨナグニサンってやつね)みたいだったが、話の流れが妖婦の魔魅力に迷って…というよりも、ヨハンソンといろいろあったからあっちへ…みたいな展開だったのでセクシー過多じゃないほうが説得力出ていた気がする。「一応」美人に撮れていたし。

んで肝心の主人公であるジョシュ・ハートネットだが、割とよかったけれども、興奮状態とか気分の高揚なんかを「手の震え一点勝負」で表現していたのが個人的にはクサく思えた。もう少し目の表現とか使ってくれればなあというところか。その相棒役であるアーロン・エッカートはファイアとのあだ名そのままの直情型刑事を鬼気迫る様子で表現していてよかった。その他特筆すべきなのはブラックダリア役のミア・カーシュナーが最初登場した際はあんまり似てないなと思ったけれども、フィルムテストシーンなんて本人か!?と思うぐらいにそっくりでオドロキ。そうそう、忘れちゃいけない「ファントム」ファンには懐かしいウィリアム・フィンレイがやっぱり…という役どころででていたのがたまりません。(顔がめちゃくちゃにされたという割には特殊メイクもせずそのまんまで登場してたりして、そのあたりがまたよかった)

映画の全体のできとしてはデ・パルマが完全に趣味に走っていて、 銃撃戦のシーンやらにデ・パルマっぽさ(ってどんな感じだよといわれるとアレだけど)が現れていたし、ちゃんと窃視症的表現もだしていたから、よかったよかった。ブラックダリアの死体表現も凝っていたし。これから観られる方はこのあたりに是非注目して下されたく。 サスペンス的謎解きは確かにちょっと物足りないように思えるが、デ・パルマの主眼はむしろそこではなく「ユリシーズ」のような英雄帰還譚として捉えているのではないだろうか。サスペンス的要素を期待していくと的はずれというような印象になる恐れはある。魔都ハリウッドをひとり彷徨うジョシュ・ハートネットは地獄巡りを終え無事にホームへ帰れるのだろうか。そして彼にとってのホームとは一体どこなのだろう?

この「ブラックダリア」は同じエルロイの「LAコンフィデンシャル」に比べると、あちらが娯楽よりだったことを考えれば、完全にサスペンス娯楽の要素を斬り捨てている(と少なくても私はそう思えた)ので大ヒットもしないだろうし、大傑作というにはちょっとはばかられるものもあるが、デ・パルマ好きなら満足できると思う。原作好きにはどうかはわからんけど、とまれ、この、よくもわるくも「デ・パルマ」を全方向へ噴出しているサマ、最近の職人監督ぶりをかなぐり捨てたマニアックさを是非デ・パルマ好きなら目の当たりにしてほしい。ブラック・ダリア

ブラック・ダリア

  • 作者: ジェイムズ エルロイ
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 1994/03
  • メディア: 文庫

L.A.コンフィデンシャル

L.A.コンフィデンシャル

  • 出版社/メーカー: ポニーキャニオン
  • 発売日: 1999/01/20
  • メディア: DVD

 

| | コメント (2) | トラックバック (13)

「幻の湖」をみた。

幻の湖

幻の湖

  • 出版社/メーカー: 東宝
  • 発売日: 2003/04/25
  • メディア: DVD

デビルマンかなんかをみて、ああ邦画は本当にダメになったんだな、と言う人に対してなんの「北京原人」のような作品があるじゃないか、と諭す人もいるだろう。だが既にこの1982年東宝50周年作品によって「大作映画における邦画のダメっぷり」は露呈されている。まあ後々の北京原人なんかの源流というかなんというか。つまりこれこそキングオブ大金どぶ捨て超大作(さよならジュピターはまたちょっとこの映画なんかが属する映画会社肝いり超大作映画という枠組みからははずれるような気がするので除いておく)といえよう。

たぶんストーリーを真面目に話しても私がアレな人と思われるだけなので簡潔に触れる。雄琴でトルコ嬢(現ソープ)をしておられる女性が愛犬と一緒に琵琶湖じゅうを走り回りつつ電波受信しまくって、愛犬ヌッコロされて一気に今夜はビートイット!キタコレ!となり出入りの銀行員と一回デートして結婚フラグをブチあげたり、ご先祖様との思ひ出とともに琵琶湖眺めて横笛を吹きまくっている宇宙開発研究所職員に「この人と結婚するんだ…」と妄想を抱いたり、愛犬殺しの犯人を突き止めるため上京し、有名な作曲家と教えてくれたトルコ嬢の同僚は爆音を聞いただけで「ファントムの実戦配備はまだ早い。あれはイーグルだ」とわかるような仏像マニア(みうらじゅん先生の先駆けですね)かつ米国直轄?の諜報部員だったりするわけで、そんなこんなで駒沢オリンピック前で作曲家とマラソン勝負したり、琵琶湖で日本髪と和服といういまの浴衣ブームギャル浴衣ブームの先取りのようなスタイルで(予想はつくと思いますが上に掲示したDVDの画像の格好です。そういうコスプレなソープです)おっかけっこでデッドヒート、へろへろになった作曲家を追い越し「勝った勝ったわよ!」と絶叫するもんだからアレ復讐は恩讐の方に?などと思いきや突如「お前に琵琶湖の女の苦しみが分かるカー」と作曲家に出刃包丁をぶすーと刺すとどっぴゅーーーと疑似スペルマみたく血が吹き上がったのと同時にスペースシャトルが発進して、笛の男が「太陽系がなくなっても笛は幻の湖にある」とかなんとかぶつぶつつぶやきながら宇宙遊泳しつつ琵琶湖の上に笛を置く。手でちょっとついて位置直したりして。そんな映画です。

で、上記の内容をめちゃくちゃだよなにがなんだかわからないという方は劇中劇として展開される時代劇でお市の方の息子 万福丸さまがアレな格好で串刺し(一応史実とされているのは磔なんだけど)になっている姿を見てからとりあえず判断してくれ。まあなんというかとにかく見終わった後で思うのは「最後までみた自分を褒めたい」ってことにつきますな。面白いことは面白いんですがしかしそれはあくまでもいろんな意味でっつーことですからね。とりあえず見所は回想が入りまくって入り組んで本編自体がどこか遠くに旅立ってしまったりするところとか、この主人公の電波受信感度良好具合とか(「東京中の人間が日夏を私に会わせないようにしている!」)、また記号的なあまりに記号的な演技とか(とりあえず感情の高ぶりはすべて声の強弱で表現。能面のような顔でやるからそれが電波度を強力に押し上げているのだが)、愛犬シロはリアリズムを追求する橋本忍班におかれましてはメデタクご臨終とあいなったのでは?というところとか様々です。長谷川初範の噛ませ犬っぷりもまたたまりません。(どうでもいい役に菅井きんとか無駄に豪華キャストっていうのもまたたまらんばい)とりあえず山盛り三杯飯もってこいや!とちゃぶ台にドスを叩きつけたくなるのは間違いないですな。

第一ねえ。なんというかその、主人公がお市さんという源氏名のトルコ嬢という時点でもうなにか方向性が決まった気がします。なにしろそのトルコをイタすところが黄金の風呂だったりして行ったことのないワタクシといたしましてはもう、おのこのすなるソープというところはこないなところでございますな、と得心した次第。重労働たる泡のお仕事に疲れ果てた主人公が白い犬シロと出逢い、彼とともにジョギングすることでイヤされる癒される、まあそんな日々だったんですが(ところで冒頭お市さんが取り出して握っている棒はなんなんですかね?)ヌッコロされてしまいそれが故に狂気へと旅立つ。(まあもともと愛人になれという常連客に向かって「アタシは一年後に結婚するの…あいていないけど」と妄想を得々と語ってしまったりしてそのあたりに電波なかほりが漂って伏線?となっているらしいんですが)現代におけるペットロスを先取りした描写といえなくもない。ちなみにサミュエル・フラーはこのあたりの狂気に衝撃を受け早速あの名作「ホワイトドッグ」を撮影したらしい(テケトウ)。こんなイッちゃっている方が「シロを殺した…ニクイ!」などと絶叫していても、観ている側はどんどん「そんな犬っころごときで」とお市さんのライバルとして登場する淀君ねえさん(かたせ梨乃……)みたいな台詞がつい口の端にのぼってしまいそうになる、なんというか主人公に共感しづらいようにあえて作った橋本忍先生はおそらく現代における狂気と正気そしてペットロス、宇宙パルサーとはノストラダムスの予言にも書いてあるしということを訴えたかったんではないでしょうか。人の心癒すのは犬でもジョギングでもなく十一面観音だよ、と現代社会に警鐘を鳴らしている素晴らしい作品ですね。(棒読み)

しかしですね、これは東宝50周年記念作品。大山勝美だの野村芳太郎だのが製作に名を連ねている東宝50周年記念作品にもかかわらず一週間で打ち切り、なおかつ20年もソフト化されなかったっていうのがこの作品の立ち位置を如実に示してますな。とにかくどうしてこんな作品が出来たのかがまず一番の謎。どういう意図でどういう方面になにをどう訴えたかったのか、このあたりが皆目検討がつかない。くどいほど繰り返し表現される琵琶湖だの唐突に「彦根城」なんて白抜き文字がでるところからすると滋賀県観光協会もしくは日本ジョギング連盟から圧力があったのかしらん。とまれ、橋本忍先生になにがあったのか、それがいま一番知りたいかも。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2006年8月 9日 (水)

遊食菜彩いちにいさん

東京有楽町にあるかごしま県産館「遊楽館」の2Fレストラン「遊食菜彩いちにいさん」で飯喰ってきました。食したのは「黒豚しゃぶ」2400円。そばつゆであっさりと食べる。濃厚な黒豚のうまみとそばつゆのあっさりさ加減が実に凹凸揃って素晴らしい。〆のそばも美味し。しかしこの鰹の刺身風サラダについてはまったくだめ。鰹が妙に生臭く、解凍したてだなあと丸わかり。他の食事が問題ないため余計惜しい。とまれ、有楽町にいったら必ずよりたくなる店。下の物産館でかるかんと紅イモお菓子を買って満足。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

日比谷公園のぬこ

大量のぬこのほか公園人もいっぱい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年8月 7日 (月)

国政への期待

<長野県知事選>新人の村井氏が初当選 田中氏の3選阻む
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060806-00000061-mai-pol

個人的には(いつになるのかわからんけど)次回の衆議院選挙において山崎拓センセイとの一騎打ちにならないかなと期待。AV男優になりたかった山タフセンセイ VS AVをジサクジエンしてヌードまで晒したペログリの戦いなんて、まるでアリVS猪木の異種格闘義戦をみるかのようです。いまから楽しみ。ちゃんと民主党は空気読むように。

とりあえず私としては民主党の法則発動というよりも、金曜日にニュース23にでたことが大きいのではないかと。筑紫がいなかったので筑紫野法則かどうかはわからないけど、多事争論で生姜センセイが語っていたのが(ry

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年8月 6日 (日)

8/6は

クラウス・ノミの命日だった。

ノミ・ソング

ノミ・ソング

  • 出版社/メーカー: エイベックス・マーケティング・コミュニケーションズ
  • 発売日: 2005/11/16
  • メディア: DVD

ツイストだのコールドソングだのを聴いていました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年8月 5日 (土)

麻生外相私案はどっちつかずにならないか。

靖国問題:麻生外相が解決私案 まずは「宗教法人」解散を
http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/gyousei/news/20060805k0000m010145000c.html

この私案は1969年より法案提出されている国家護持運動の際に、与党内で独立行政法人化?というか宗教法人格を外して、宗教色を薄めるという構想をたてていた筈だったんじゃなかったっけ?相変わらず曖昧な記憶で申し訳ないが。だが、結局内部の検討の結果でてきた案は、宗教色を薄めるということで、神社らしい形式をとっぱらう、極端に言えば鳥居を壊して無くしてしまったり、賽銭箱を撤去したりといったことが盛り込まれており(と記憶している)、千鳥ヶ淵以上になんだか意味の分からない得体の知れない「慰霊施設」になってしまう恐れがあるモノだった。

ミギからみればそんなものは神社として参拝に値するような「施設」たり得ず、ヒダリからみれば畢竟靖国を結果的には「国家護持」に祭り上げることに他ならなくなる。そういう意味で両派から問題点が指摘されて、結果1974年に衆議院で可決後、参議院で廃案となっている。それ以降は主立った動きはなかったと思う。不確かな覚え書きのため不備があれば容赦願いたい。

今回の私案も上記の流れをふまえているというか、焼き直しというか似たような形式というか。懲りないなあとは思う。ただ麻生大臣の案は国家護持運動とは別に、単純にA級戦犯を分祀したいがための案であるからそのあたりは区別したい。だが区別したとしても、帰結点は一緒のような気がするが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

オリエンタルダイナー

東京池袋サンシャインアルパB2Fにあるオリエンタルダイナーとはあのオリエンタルカレーがやっているカレーオンリーの店。ちゃんと入ってすぐにオリエンタル坊やがお出迎え。朝から激しくバタバタしてて飯もろくに食えず。本日最初で最後の飯。食欲はまったくないがなんとか押し込む。シーフードカレーはスパイシーで全くもって美味の一言。980円。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006年8月 3日 (木)

ガッツさん…

以下のガッツ石松談話は下記ソースより引用

 テレビで観戦した元WBCライト級チャンピオンのガッツ石松さんは開口一番に「まいったね。なんでこの人が勝ちなの」と判定に不満を示した。ガッツさんの判定では、ランダエタが7ポイントもリードしていたという。

 そのうえでガッツさんは「亀田兄弟は人気があるかもしれないけど、この試合で勝てるのなら、ボクシング界は何をやっているのかと思われる。日本人は立っていれば、チャンピオンになれるの? 全世界のボクシング関係者に見せて、判定してもらえばいい」と首をかしげた。さらに「日本のボクシングはタレント養成所ではない。これがまかり通るなら、僕はボクシング関係の肩書は何もいらない」と怒っていた。

http://www.mainichi-msn.co.jp/sports/feature/news/20060803k0000m040128000c.html

ガッツさん…ショックのあまり正気を取り戻したようですね。ガッツさんの足し算はやばい気もするんですが、そんな茶々いれるスキがないほどガッツさんアグレッシブだぜ!それにしてもリングサイドは某893の大物ばかりずらっと並んでいてなかなかカメラ振るにはデンジャラスな空間だったようですが、きっとガッツさんは消されるようなことないと思うので一応楽観はしてます。

| | コメント (4) | トラックバック (1)

ブラックダリア試写会キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

嗚呼、無職の喜び。8/9に行われるブライアン・デ・パルマの期待作「ブラックダリア」の試写会招待状が来ました。

事件の被害者「ブラックダリア」こと

エリザベス・ショート→。

 

 

 

 

以下死体グロ画像があるので注意!

ブラック・ダリア事件つーのはこのあたりをご確認いただくとして、まー↓のような状態でハイウェイ脇の芝生に放置された娼婦(でも性交は不可)なんですが、事件は未解決のまま、という聞くだけでなんとなく背筋のあたりがぞくぞくっとする、そういうお話です。

 

エルロイの原作は購入したのはいいけど未読のママだった。コレを機に読んでみるか。それにしても今日は久しぶりに暑い。なんとも猟奇日和では、ある。

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年8月 2日 (水)

亀田戦「疑惑」の判定よりもむしろ

イ・スンヨプ先生が決勝打を放ちようやく勝てた巨人と時を同じくして判定勝ちされた亀田。素敵!素敵よ!輝けるDQNの星だわ!

正直亀田興毅のルックライクキングオブDQNっぷりとかそのあたりはどうでもよくて、このひとたちのヒストリードラマなんちゅうのをせっせっと作っているTBS、その制作方法(つーかノリ)がまんま大家族物語みたいで非常に興味がある。なによりイイのは「愛と感動の親子鷹」「泣ける家族物語」を提供しているTBS自身が一番それを信じてないというのがよくわかるところ。しかしそんな思惑とは裏腹に亀田家はといえば、自分たちの物語をテレビ「番組」からフィードバックされるごとに陶酔の度合いがいや増していくのであって、個人的にはそのあたりも好ましく思える。消費が先か消耗が先かというとなんだか陰々滅々とした表層的マスコミ論大衆論みたいだが、つまりいいたいことというのは、オウムビデオだのガチンコだの温泉キャスターだの、TBSは長年こんなことばっかりやってきたわけで、局の体質というのは絶対にかわらないんだなってことです。閑話休題。

とりあえず亀田が勝つというのは既定路線だろうし、このような判定勝ちならば今後はTBSの提供するストーリー軸に沿った賞賛のされ方よりも、アンチ人気というかヒールとしての需要のほうが高くなっていくような気がする。でもどちらにしろ「注目」は確保されているようなものだからTBSにしたらウハウハでしょうな。おめでとう亀田君。お祝いに七人の侍における志村喬の言葉を捧げよう。「勝ったのは我々じゃないTBSだよ」

| | コメント (3) | トラックバック (3)

« 2006年7月 | トップページ | 2006年11月 »